ハ~イ! アサヒ芸能読者の皆さん!
日本には贈り物の文化があるよな。俺に箸を贈る時は左利き用を、サンダルを贈るとサイズはピッタリ。どこかで俺を研究してるんじゃないか? ってくらい驚くんだ。そんな日本人の思慮深さに触れるたび、俺は感動し、感謝するんだ。
一方、5月31日、アメリカのバージニア州フェアファクス郡庁舎に、新たな「慰安婦碑」が設置されたよな。こんなガラクタを贈られて喜ぶ人間なんているのか? まったく、世の中には迷惑な贈り物しかしない連中もいるってことだよな。
今回は、それとは正反対の美しい「碑」の話をしたいんだ。その前に1945年に起きた出来事から話そうと思う。
その時代、俺たちアメリカと日本の間では、激しい戦いが繰り広げられていた。当時は「超空の要塞」と呼ばれていたB─29爆撃機により、日本の多くの場所が上空からくまなく爆撃を受けていたんだ。
戦争中だからな。悲しいことだが、戦争中にはそんなことが起きるわけだ。
その年の2月10日15時30分頃、群馬県邑楽郡邑楽町の上空で2機のB─29が上空で接触して、この町の地面に墜落し全ての乗組員が亡くなった。この小さな町の日本人たちは、その米国人たちの遺体をどうしたと思う? 遺体を町中引きずり回してツバをかけたのか? 遺体の首を切り飛ばして祭りでもしたのか? いや、そんなことはしなかったぜ。ここの善良な人たちは、機体から遺体を取り出して荼毘(だび)に付したんだ。そして、敬意を持って町にある寺に埋葬した。その約半年後に戦争が終わり、日本は敗戦。そして、連合国に占領されたんだ。
日本人たちは冷酷だったのか? 彼らは米国人たちを死んだあとも憎悪して、この米国人航空兵たちの遺骨をこのお寺の中に入れたままにしたのか?
違うんだぜ。彼らは米国当局に連絡を取り遺骨を手渡し、亡くなったパイロットは米国で眠ることができたんだ。
だが、この話はそこでは終わらなかった。戦後ずっと、人々は国を焼き払った米国を憎み続けたのか? 爆撃しに来たから、その航空兵たちを憎み続けたのか?
そうかもしれないよな。俺には攻撃された人の気持ちはわからないからな。だが、約60年後の行動が憎しみとはかけ離れたものだったことは間違いないんだ。
ここの町の人たちは、1000年恨むなんてクレイジーなことはしなかった。ここの人たちは、この町でお金を集めて慰霊碑を作ったんだ。そのうえ、亡くなった米国軍人たちの名前もそこに入れたんだぜ。
敬意を示すためにな。
聞いてほしい。これが日本なんだぜ!
彼らは自分たちを殺した敵にさえ、栄誉と敬意を示したんだ。俺はその話を聞き、花を捧げに寺に行ったんだ。もしこの話をアメリカ人が聞いたら、俺に賛同すると思うぜ。そして、俺と同じように泣いてると思うぜ。どれほど日本を愛しているかを考えながらな!
今月、再び日本に行くことが決まったうえに、本が出るんだ。
タイトルは「テキサス親父の大正論」(徳間書店)。俺の言葉に「正論すぎる」っていう評価を多くの皆さんがくれたことでついたタイトルってわけだ。
韓国や中国だけでなく、アメリカや日本の内部も含めて、ありとあらゆるところから、おかしな反日運動をする連中がいるよな。その「異常さ」を指摘して、論破していくって内容だ。もちろん「親父節」は健在だ! 俺の人生や、あの「呆韓論」の室谷克実さんとの対談も完全収録されているっていう読み応えのある一冊だぜ!
俺の主張が多くの人たちに伝わることはとても幸せなこと思う。6月27日から発売開始になるんだが、日本の皆さんには是非買って読んで欲しいぜ!
また会おう!
米国と、日本の皆さんに神の祝福を!
トニー・マラーノ
◆プロフィール ★トニー・マラーノ★ 通称「テキサス親父」。49年生まれ。動画掲載サイト「ユーチューブ」で、ありとあらゆる悪や不正を軽快なトークでねじ伏せる。古きよきアメリカ保守派の視点から、極東各国への提言を行っている。仲間由紀恵のごくせん「ヤンクミ」の大ファンだ!