霊があるのか、ないのかと聞かれれば、ないと答える現代人が多いだろう。東北学院大の女子学生が、復興が進む被災地で「幽霊」を乗せたタクシー運転手の証言に基づいて卒業論文を書いたことが話題になっている。記者は「震災幽霊現象」の真相を突き止めるべく、現地を歩いた。
今年1月下旬、一冊の本が出版された。「呼び覚まされる霊性の震災学 3.11生と死のはざまで」(新曜社)がそれだ。東北学院大(宮城県仙台市)の「震災記録プロジェクト」(金菱清教授)によるフィールドワークをまとめたものである。被災地の生と死の現場、死にどう向き合うか、などが記されたこの著書に〈死者たちが通う街 タクシードライバーの幽霊現象〉と題された章がある。読んで字のごとく、タクシーの運転手たちが見た「震災幽霊」を聞き取り調査したものだ。
フィールドワークに当たったのは、金菱ゼミナールの7人の学生らで、卒論としてまとめたのは工藤優花さん(22)だった。指導した金菱教授が言う。
「震災後、被災地の沿岸各地で幽霊現象の見聞があとを絶ちませんが、石巻の市街地で調査していた工藤は、幽霊現象の中でもタクシードライバーの体験だけが特異であることに気づきました。というのも、他の霊現象は『見たかもしれない』という半ば不確かなものにとどまっているのに対して、ドライバーは霊を直接乗せて対話するなど、リアリティがあるんですよ」
フィールドワークは石巻市で市民200人に対して行われ、幽霊体験があると答えたのは7人だった。
「ドライバーは家族にも話していない。匿名を条件に、幽霊体験をひけらかすことなく話してくれた。夢でも見たんだろう、と言う人がいるかもしれないが、実際にメーターを切り、不払いの運賃はドライバー自身が自腹を切っているのです」(前出・金菱教授)
例えば、56歳のドライバーが深夜、石巻駅で客を待っていると、夏にもかかわらず真冬のコートを着た30代ぐらいの女性が乗り込んできた。
「南浜まで」
女性は行く先を告げた。
「あそこはもうほとんど更地ですが、かまいませんか。なぜ南浜まで? コートを着て暑くないんですか」
ドライバーがこう尋ねると、女性は震える声で聞き返してきた。
「私、死んだのでしょうか?」
「えっ!」
ドライバーがミラーで後部座席を確認すると、そこには誰もいなかった。
そんな恐怖体験を工藤さんに打ち明けるとドライバーはこうも言ったという。
「今となっちゃ、別に不思議なことじゃないな。東日本大震災でたくさんの人が亡くなったじゃない。この世に未練がある人がいたって当然だもの」