大島優子は1988年10月17日生まれの23歳。栃木県に生まれ、子役・ジュニアアイドルとして活動をしていた。進路に迷う時期でもあった17歳の時、「ラストチャンス」と思ってAKB48の第2期生オーディションを受けて合格した。
AKB48に入りたての頃は栃木から通いながら芸能活動を続けていたので、両立させるのに苦労したという。だが、芸歴が長いこともあって、年長者や業界関係者との接し方をわきまえていただけでなく、ダンスなどのパフォーマンスも群を抜いていたため、たちまち中心メンバーとなり、人気も上がっていった。
2期生は、1期生とは初ステージが4カ月しか変わらない。しかしファンからは何かと比較され、認めてもらえなかった時期があった。そんな中で2期生たちで作られた「チームK」は少しずつ人気を勝ち取っていく。大島もその中心的メンバーであった秋元才加(23)、宮澤佐江(21)らとともにチームを引っ張り、体育会系でざっくばらんに本音を言い合い一つのことに向かって突っ走るチームになっていった。
07年には、1期メンバーとも公演することになった。加えて前田と同じ事務所に所属することで、2人の距離も急速に縮まっていく。この頃から、2人はライバルとして意識せざるをえない立場になっていった。
09年の第1回選抜総選挙では、かなりの票差で前田に完敗。翌年はわずか597票差で1位となった。
大島の握手会に行くと、「まるで友達のよう」とファンは口々に言う。人懐っこい性格と、何事も一生懸命やらないと気が済まない性分がグループ内でも頼られ、ファンからも支持されている。業界関係者からの支持も絶大だ。有名になっても初心を忘れず分け隔てなく接してくれる性格なので、彼女を悪く言う人は誰一人としていない。
それでも大島には悩みがずっとあった。優等生としての悩みだ。それが初めて1位になった2回目の総選挙の時に明かされた
「秋元(康)さんにはいつも『お前は期待値が高いから、それ以上のものが生まれてこない』と言われてきました。じゃあ、どこを伸ばせば私はMVPを取れるのかずっと考えてきました。いつも2位の大島優子としてやってきて、もちろん今年もきっと下がるだろうと思っていました。こんな光栄なことはありません。
去年は『背中を押してください』と言いました。でも、今年は1位という順位をいただいて、背中を押してくださいとは言いません。ついてきてください」
何事にもそつがない優子の苦悩が初めて明かされた瞬間だった。
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