競馬界のドンに干され、生き地獄のごとき屈辱の日々を過ごしてきた武は、その乗り方にも変化を来したと言われる。10年3月の毎日杯で落馬し、左鎖骨遠位端骨折、腰椎横突起骨折、右前腕裂創という大ケガを負った。4カ月後に復帰したが、完全に回復したわけではなかった。前出・片山氏が言う。
「肩の可動域がなかなか元に戻らなかった。競輪選手は落車してよく鎖骨をケガしますが、知り合いの競輪選手に患部の写真を見せると、『これは時間がかかるわ』と言われたそうです。強くハンドルを握る競輪選手なら1年近くかかるといわれる重傷でした」
前出のトラックマンも曇った表情でこう話す。
「腰痛がとんでもなくひどいらしい。ある馬主は『豊君の腰はもうどうにもならないくらいだ』と言っていました。だから追えなくなってしまった、と‥‥」
最後の直線で手綱をしごけば、馬は一気に加速する。が、これにはかなりの腕力を要するため、肩の故障は大きなハンデとなる。
「手綱をガンガンしごくだけでなく、最後の直線スパートまでいかにロスなく持っていくかで競馬は決まります。そこが図抜けてうまかったのが、今ではアレ?という感じになった。ケガで体のバランスが悪くなったからでしょう」(前出・東濱氏)
結果が出ないうちに、各厩舎はかつてのように武一辺倒という騎乗依頼を控え、情勢は悪くなる。そこに社台グループとのトラブルも勃発し、負のスパイラルに陥ったのである。
近年指摘される「ため殺し」も一因だという。
「昔は前々で競馬する騎手でした。4コーナーを回った時点の位置取りで相手を絶望させる乗り方だった。それが最近は後ろから攻める快感というか、前に行かせた馬を、ためてためてバッと差し切る手法に目覚めた」(前出・片山氏)
その追い込みがきかず、馬群に沈んだままのレースぶりも目立つように‥‥。
そんな状況を見かねて手を差し伸べたのが、「メイショウ」で知られる馬主、松本好雄氏だった。
「『一時代を築いた騎手をこのまま埋もれさせるのは忍びない』と、どんどん馬を回した。武はそりゃもう、感謝していた」(前出・トラックマン) さる競馬サークル関係者もこう明かす。
「腰痛で騎乗数が減ったことで、武は酒に溺れるようになった。飲み屋の店員から『豊さん、ベロンベロンでしたよ』と聞いたことは一度や二度じゃない。それぐらい酒の量も増えていた。それを心配するベテラン騎手は『もっと節制しないと。このまま終わっちゃダメだ。何が何でも酒をやめさせたい』と言っていたよ」
その人望ゆえ、天才を慕う人々はいまだ多く、サンケイスポーツ記者・水戸正晴氏はこう言うのである。
「まさに不世出のスターであり、97年に売り上げが4兆円を突破したのも豊の活躍が大きいわけで、『豊なくして今の競馬はない』と断言できます。確かにここ数年はいろいろ言われているけど、2年ぶりにGⅠを制したように、いい馬に乗ればまだまだやれる」
天才の陽はまた昇るか。