8月8日午後4時43分頃に発生した、宮崎県の日向灘を震源とするマグニチュード7.1の大地震で、気象庁は「次の巨大地震」への注意を呼びかける「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)を発表した。
関東から九州にかけての南海トラフ地震の想定震源域では、大規模地震が発生する可能性がふだんと比べて相対的に高まっているとして、政府や自治体からの情報に応じた防災対応を取るよう呼びかけている。
とはいえ「南海トラフが来なかった場合」の責任逃れとは思いたくないが、国民がどんな「防災対策」を取るべきなのか、気象庁や各自治体の出す情報は具体例に欠ける。
そこで1968年以前に生まれた人、あるいは津波警報が出た際に歩いて避難する予定の人に勧めたいのが「防災ワクチン」こと破傷風ワクチン接種だ。
破傷風は破傷風菌が傷口から入り、菌が出す神経毒で死に至る感染症だ。その症状は鬼才・野村芳太郎監督作、渡瀬恒彦と十朱幸代が破傷風を患う幼児の両親役を演じた邦画「震える舌」に詳しいが、今でも年間100人以上が発症、そのうち10%程度が治療の甲斐なく死亡している。
平時でもガーデニングやアウトドアでの小さな切り傷から感染するが、特に被災時、台風や大雨による水害、地震や津波の避難途中に倒壊した建物のガラスや古釘を踏むなどしてケガをした際に、感染リスクは飛躍的に高くなる。看護師でもある筆者は、共同浴場で転倒して負傷した高齢者がその後に破傷風を発症した例を、外科医から教えてもらったことがある。
内閣府によると、南海トラフ地震で想定される最悪の死者数は32万人、負傷者62万人にのぼる。感染後、3日から3週間の潜伏期間を経て破傷風を発症しても、病院で治療を受けるのは絶望的と言っていい。
破傷風ワクチンは1968年10月から定期接種が始まっており、1969年生まれ以降は「反ワクチン」の親が頑なに接種を拒否したような例外を除けば、ほぼ接種している。1968年より前に生まれた中高年の多くは破傷風ワクチンを接種しておらず、破傷風による死亡者は、ほとんどがワクチン接種歴のない中高年だ。また、1969年以降に生まれた人も、追加接種が望ましいとされる。
この破傷風菌の血清療法を発見し、人類を救ったのが、新千円札に描かれている北里柴三郎だ。
北里が貢献した破傷風ワクチンは日本の製薬企業が製造販売しているが、資金難ゆえ政治家や医者、広告代理店への献金額が少ないのが災いしているのか、破傷風より優先度の低いメガ外資系製薬会社が製造販売する新型コロナワクチンや子宮頸がんワクチンのように派手なテレビCM展開や政府広報がなされず、認知度は低い。阪神淡路大震災、東日本大震災を経験した救命救急医が地道に啓蒙活動するにとどまっている。
今回の「南海トラフ臨時情報」を機に、55歳以上の中高年や5種混合接種がまだ済んでいない乳幼児は、どうか破傷風ワクチン接種を急ぎ検討してほしい。
(那須優子/医療ジャーナリスト)