擬声語が読者の共感を呼び起こす引き金になっているのは、日本漫画独特のものと考えられる。
「オノマトペのことですね」
私が以前、名古屋造形大学で漫画の講義をしていた時、学生の中からこんな声がしたこともある。しかし、私は言下に否定する。
「オノマトペではない、擬声語です」
擬声語は日本語の特徴のひとつで、世界の言語と比べて数十倍とか数百倍の多さだといわれる。学者の中には日本語の擬声語は世界の他言語の数万倍という者もいるほどだ。量的な比較はともかく、擬声語は日本が本家本元である。なぜ日本語には擬声語が多いのか。
人間は聞いた言葉を脳で理解する。言葉を聞く脳の部位を「言語野」といい、ほとんどの人は左脳にある。そして日本人は動物の鳴き声を言語野で捉える。しかし日本人以外は、非言語野(計算野)で捉える。
日本人は猫が鳴くと、それを言語野で捉え、猫が言葉を発していると感じる。猫だけではない。犬だろうが鳥だろうが、日本人の脳はその鳴き声を言語野で捉え、言葉として理解しようとする。虫の声もそうだ。風の音、川のせせらぎなど、自然が発する音も言語野で捉え、脳はその音声を自然が発した言葉として理解しようとする。
これは「日本人の脳が世界の他の民族とは異なる」のではない。「日本語を話す人と日本語を話さない人の脳が異なった動きをする」のだ。つまり、先祖代々日本人であっても、日本語を話さなければ外国人の脳の動きになる。先祖代々イギリス人でも、日本語さえ話せば、日本人的な脳の動きをするということなのだ。
日本漫画の擬声語の多さは日本語の特性から生まれ、それが世界に類例のない感性を作り上げ、心の微妙な雰囲気を音に表現し、読者の共感を得ているのである。
日本の漫画とアメコミには、ストーリー展開やキャラクターに共通点も多いが、違いもある。私が気になった違いに「地球防衛軍」の存在があった。
アメコミに三大ヒーロー漫画というのがある。「スーパーマン」「バットマン」「スパイダーマン」だ。いずれも悪と対決する格好いい主役がおり、同質の作品を日本に求めると「ウルトラマン」「ゴジラ」「宇宙戦艦ヤマト」「宇宙鉄人キョーダイン」など、多くのタイトルが浮かぶ。そしてここで気がつくのが、地球防衛軍の存在である。
地球防衛軍といえば、日本で知らない者はいない。古くは「鉄腕アトム」や「20世紀少年」にも名前が出てくる。「県立地球防衛軍」などは、タイトルそのものだ。この超有名組織は、アメコミには存在しない。ヨーロッパの漫画にもない。世界中の漫画を全て読み尽くしたわけではないので絶対にないと断言はできないが、少なくとも有名作品にはない。日本でこれほど知られた存在が、世界では描かれていない。
なぜだろうか。東西冷戦を経験していた西側諸国にとって、敵はソ連であり共産圏諸国だったから、地球全体でまとまるという発想が生まれなかった、と説明される。そして日本人は古代から王国連合的な防衛共同体が好きだった、と。どれが正解か不明だが、地球防衛軍が日本的な発想から生まれていることは確かだ。
志波秀宇(しば・ひでたか)<漫画 研究家>:昭和20年東京生まれ。早大政経学部卒。元小学館コミックス編集室室長。元名古屋造形大学客員教授。小学館入社後、コミック誌、学年誌などで水木しげる、手塚治虫、横山光輝、川崎のぼるなどを担当。先頃、日本漫画解説の著書「まんが★漫画★MANGA」(三一書房)を出版した。