4月に入り、新入社員や新入学の学生の姿が目に入ります。初々しさあふれるスーツ姿の社員や学生服を目にすると、私も若かった頃を思い出します。
新たな環境を迎え「頑張るぞ!」と気分が高揚している方は多いと思いますが、逆に、思っていた環境と現実が異なることで、落胆している方も少なくないかもしれません。中には無意識に「会社に行きたくない」と思い込み、通勤通学中に便意を感じる方もいるでしょう。そうした症状は「過敏性腸症候群」と呼ばれます。これは神経性の便通異常で、ストレスや不安により下痢を引き起こしたり、強い腹痛のあとに粘液が排泄されたり、おならを過剰に意識するあまり、よけいにおならが出てしまう、などを指します。
最も困るのが、通勤中にトイレに行きたくなる症状です。この場合、仕事でのストレスが自律神経失調を招き、食事をしてから電車に乗ると、途中で便意を催します。ストレス社会に見られがちな症状ですが、ここで質問です。過敏性腸症候群の場合、朝食はとるべきか、あるいは抜くべきでしょうか。
人間の腸にはリズムがあります。海外旅行での時差ボケが時に便秘を誘発するとおり、いつものタイミングで排便をしないと出なくなるなど、腸は非常にデリケートです。毎日の習慣は極力変えず、三食きちんと食べて腸がコンスタントに動いている状況を作るのが望ましいので、なるべく朝食は抜かないこと。食事とは午前中の活動源であり、仕事のパフォーマンスに支障を来します。
いちばんよくないのは、パンをくわえて駅まで走るように、朝食後、排便時間を取らないことです。食べたのに排便せず通勤すると慢性の便秘症にもつながりますので、朝早く食べて排便の時間を取り、きちんと出してから家を出ることです。
腸とは不思議な臓器で、脳と密接な関係があります。腸が悪いとウツになるとも言われ、逆に脳の感覚によって腸は動くことも止まることもできます。
例えば、トイレに行きたくなったがテレビがおもしろい時、CMになるまで排便を我慢すると、いつしか便意を忘れてしまいます。急な用事で電話があり、電話を切ったあとでトイレに行っても、気がつくと便意は止まっているでしょう。もちろん下痢の際は別ですが、かように腸は脳に支配された臓器なのです。静寂の中、空腹で胃がぐるぐると音を立てた時、「恥ずかしいから止まってくれ」と思っても、胃から出る空腹音は止まってはくれません。しかし、腸は命令を聞いてくれます。
ところが、脳が「ウンチを出せ」と言っていないのに、脳の別の個所が緊張感からプレッシャーをかけ、腸を暴走させる。これが過敏性腸症候群の仕組みです。満員電車の車内で排便をしたくなり「漏らしたらどうしよう」という緊張感が、腸を動かしているのです。
おもしろいことに、過敏性腸症候群の人が出張で新幹線に乗った場合、トイレには行きたくなりません。これは「新幹線にトイレがあるという安心感」が、緊張感を消し去るからです。つまり過敏性腸症候群で困っている人は、可能ならトイレのある電車に乗ることです。たとえば総武線を使っている人は、少々遠回りをしてでも、トイレのない地下鉄ではなくトイレを有する総武横須賀線の快速電車に乗ること。また駅ごとにトイレの場所を覚えておくことも一つの手段です。自分の通勤ルートでトイレの使いやすい駅を覚えておき、トイレに近い車両に乗ると、安心感が緊張感をしのぎ、便意は以前ほど感じなくなります。
■プロフィール 秋津壽男(あきつ・としお) 1954年和歌山県生まれ。大阪大学工学部を卒業後、再び大学受験をして和歌山県立医科大学医学部に入学。卒業後、循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコーなどを学ぶ。その後、品川区戸越に秋津医院を開業。