大記録達成の感動もむなしく、ドーピング(禁止薬物使用)で失格となるケースがあとを絶たない。IOCは厳しい態度で撲滅に乗り出しているが、違反選手の手口も巧妙化している。
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禁止薬物の検出で、過去最大級の衝撃といえば、88年のソウルで100メートルを制した、ベン・ジョンソン(50)だろう。9秒79の世界新記録で優勝したが、筋肉増強剤を使用していたことが発覚。金メダルを剝奪され、記録も抹消された。
2000年のシドニーで、女子100メートルなど5個の金メダルを獲得したマリオン・ジョーンズ(36)も、のちに長年のステロイド使用を認め、メダルを剝奪されている。
メダルは剝奪されていないが、陸上女子のフローレンス・ジョイナーや中国陸上の馬軍団など、驚異的な世界記録はステロイドによるものではないかとの疑惑は今も付きまとっている。
とりわけジョイナーの場合、IOCがドーピング検査を厳格化し、抜き打ち検査を行うことを通達するや引退。10年後に38歳という若さで急死し、疑惑は深まる形となった。
「江崎グリコ」でスポーツサプリメントの開発に携わり、トップアスリートのコンディショニング指導も行っている桑原弘樹氏が、現在もはびこるドーピング問題の実情を解説する。
「副作用が大きく、発覚しやすいステロイドはすでに時代遅れです。今はもっと巧妙になっていて、もともと体内に存在する物質などを取り入れるのが主流になっています」
桑原氏によると、持久力を高める体内物質やヒト成長ホルモンの注入、さらには遺伝子治療技術の発展により、遺伝子ドーピングのようなものまで開発されているというのだ。
体内物質をいち早く、巧妙な手口で取り入れたのが、アテネの男子100メートルで金メダルを獲った、ジャスティン・ガトリン(30)。ガトリンが使ったのは、テストステロン。もともと男性の体内にもあるため、ドーピングしたものかどうか区別がつきにくい。
「検査では、同じく体内にあるエピテストステロンとの比率が6倍以上になると、ドーピング陽性と判断される。そのためガトリンは、エピテストステロンも肌から塗り込んで摂取した。比率を6倍以内に収め、ドーピング違反を免れ続けたのです」(スポーツライター)
大胆にも、検査官立ち会いの尿検体を他人のものとすり替えたのが、アテネのハンマー投げで優勝したアドリアン・アヌシュ(39)。
「アヌシュは、細いカテーテルを使って他人の尿を尿道から自分の膀胱に注入し、ドーピング逃れをしようとしたようです。ところが、これが発覚して失格となり、室伏広治選手が金メダルに繰り上がりました」(前出・スポーツライター)
過去の五輪において、日本人選手がドーピングで失格したことがないのは救いである。