今夏の放送で「熱闘甲子園」(ABC系)を卒業する長島三奈(45)。15年間にわたって高校野球取材をライフワークとしていた彼女に何が起きたのか。
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「三奈さんの甲子園へのこだわりはハンパなかったですね。毎年、甲子園に備えて、選手のデータを書き込んだ大学ノートを新調。几帳面な文字で、ぎっちりと書いてある。時間が合えば、地方の有力校への取材も惜しまない。恐らく、甲子園の開催時期を含めて年に2カ月間は、完全に『熱闘甲子園』に専念していましたね」
と振り返るのは、朝日放送の関係者だ。
96年に「ニュースステーション」のスポーツ担当だった時に、高校球児たちの白球に賭ける青春に魅了され、98年からキャスターに就任。その後、体調不良で00年に退任したが、番組関係者から「『熱闘甲子園』のキャスターだけは続けてくれないか」と懇願され、系列局のテレビ朝日の嘱託社員として、復帰した経緯がある。
「三奈さん本人は、『この仕事が若さの秘訣』とおどけていましたが、高校野球の指導者にしてみれば、憧れのミスターの娘さんだけにウケもいい。さらに、高校球児たちも、男性記者よりもお姉さんタイプの三奈さんのほうが素のキャラクターを見せられる。そんな相乗効果もあり、独自のポジションを築き上げた」(スポーツ局関係者)
ところが、今年の夏での“勇退”に、周囲からも驚きの声が上がったのだ。制作会社スタッフが言う。
「降板の話は、三奈さん本人から6月上旬に突然あったそうです。本人からは体力的にしんどいという話でしたが、まだまだ精力的な取材ぶりは若手記者も太刀打ちできないほど。最終的には本人の意思が固く、認めざるをえなかったようです」
だが、以前から古巣のテレビ朝日では、彼女の“勇退”は既定路線だったという。
「正直、ここまで引っ張ったのかという感じですね」
と語るテレビ朝日関係者がこう続ける。
「実は、以前から年上の50代の局員と交際していたんです。恐らく、10年近い交際になるのではないでしょうか? 2人の交際がスタートした直後にミスターが倒れるという緊急事態があって、これで一時、破局がささやかれていたが、水面下では続いていたんです。結婚はミスターの体調しだいと言われていましたが、昨年あたりからミスターのコンディションもいいことから、またぞろ結婚情報が流れていたんですよ」
04年3月にミスターが脳梗塞で倒れてからの10年間、身の回りの世話をしていたのが三奈だった。そして、今年に入って国民栄誉賞を受賞。ますますミスターの体調管理の重要性が高まったことも背中を押したようだ。
「三奈さん自体は、結婚するのはテレビでの露出をやめた時点でと考えていたようで、週末の『ポータル ANNニュース&スポーツ』の降板のタイミングを見てとなるでしょうね。ただ、長男の一茂家と三奈さんは、ミスターの介護を巡って折り合いが悪いことから、三奈さんの結婚で一波乱あるかもしれません」(民放関係者)
長嶋家にとっては、久々の朗報となるのか。それとも‥‥。