あの「ドラえもん」が認知症になっていた──。5分前の出来事すら記憶から消える妻・大山のぶ代との生活。その「介護日記」をもとに出版した著書が大反響を呼んでいる。世間に公表することで肩の荷が下りたという夫・砂川啓介が、介護の苦労から心構えまでをほのぼのと語り尽くした。
「(症状は)進んでもおらず、治ってもいない。仕事はできないと思う。でも、仕事をしたほうがいいのかも。進行が止まるかもしれない。元に戻っているのかな、と感じることはある」
10月26日の記者会見でこう語ったのは、俳優・砂川啓介(78)。「娘になった妻、のぶ代へ 大山のぶ代『認知症』介護日記」(双葉社)を出版し、妻の大山のぶ代(82)がアルツハイマー型認知症を患っていることを公表したことが大きな話題になっているのだ。
大山が認知症と診断されたのは12年秋。が、その4年前の08年には脳梗塞で入院し、記憶障害などの後遺症もあったことから、正確な認知症発症時期ははっきりしないという。
その砂川はインタビュー取材に応じて、
「いちばん大事なことは1人で背負わないこと。(認知症になった事実を)しゃべらなきゃ誰も手助けしてくれないですから」
と達観しつつも、
「(著書出版は)とても躊躇しました。出すには全てをさらけ出さなければならない。でも、書いて反感を買うんじゃないかとか、いろいろ悩みました」
砂川は大山と年齢が1つ違いと言っていたが、実際には4つ上だったことも公表することになる。そうしたことも、二の足を踏む理由だったという。
それだけではない。著書では、2人は寝室を別にするセックスレス生活を40年間続けていたことも明かしており、同時に砂川の浮気は大山公認だったという。そうなると、マスコミからは「仮面夫婦」と評される可能性もあるのだ。
「結婚後5、6年くらいたっても、子供ができなかった(死産は一度経験)。そして、もし今度妊娠すれば母体が危ないことがわかり、僕の夢だった子供を断念せざるをえなくなったんです。それ以来、(妊娠恐怖症になった)カミさんの体には触れていなかった。そんなこともあって、ふだんの生活は妻というよりも姉か、時には母親の感覚でいたことは事実なんです」(砂川)
当初、「大山=ドラえもん」のイメージを崩さないためにも、介護生活をひた隠しにしていた砂川だが、公表を勧めたのは、親友の毒蝮三太夫(79)だった。自身が出演するラジオ番組に砂川を呼び、介護生活について語らせたのだ。公表することで肩の荷が下りたという砂川だが、介護生活は当初、イライラの連続だったという。著書にはこう記されている。
〈カミさんと一日中二人きりで家にいると、日によっては、どうしても苛立ちを押さえられないことがある。僕が懸命に説明しても、彼女と意思の疎通ができないことも多いからだ〉