橋幸夫、舟木一夫と並び歌謡界の「御三家」として一世を風靡した西郷輝彦(70)。本格的な役者に転向後、時代劇でも再び旋風を巻き起こす。
週刊アサヒ芸能に連載された花登筐原作の「どてらい男」が関西テレビでドラマ化され、大当たりとなった。主演の西郷は、実に3年半も山下猛造を演じ、俳優としての地位を確立する。
そして75年、並行する形で主演を務めたのが「江戸を斬るII」(TBS系)の遠山金四郎役である。
「幸い『江戸を斬る』が京都で『どてらい男』が大阪。これが東京と関西なら掛け持ちは無理だったけど、何とか週の半々ずつを分けることができました」
時代劇全盛期に、東映・太秦の撮影所に行くと、松方弘樹、里見浩太朗、北大路欣也らそうそうたる顔ぶれがメイク室にいる。ようやく“仲間入り”ができたと西郷は思った。
「ただ、いざオンエアされたものを観ると、着物が歩いているような感じですよ。裾がすぐに乱れたり、かつらの継ぎ目が割れていたり。それが気にならなくなったのは、シリーズの『IV』に入ったあたりかな。自分でも『来たな!』と思えました」
この大役に抜擢されたのは、伏線があったと西郷は言う。同じ枠の「水戸黄門」や「大岡越前」を企画制作した逸見稔氏と知り合い、75年の「水戸黄門」にゲスト出演している。
「薩摩の下級藩士という役だったんですが、今思えばあれがオーディションだったんですね。僕は橋幸夫さんに比べるとバタ臭い顔だし、時代劇の主演が自分に来るとは思ってもいなかったですよ」
遠山金四郎は中村梅之助など名優たちがしのぎを削った役。自分なりの金四郎像をどう表現するか──。
「まず撮影前に1時間半、東映の『剣会』の皆さんにみっちりと殺陣を習いました。それから『町人の金公』と『北町奉行の遠山金四郎』をどう演じ分けるかですね。先輩方のビデオを取り寄せ、マゲや衣装、歩き方まで全て変えることを教わりました」
番組のハイライトは、おなじみ「お白洲の裁き」である。片肌を脱いで見せる桜吹雪の入れ墨が鮮やかだが、このためには3時間もかけて描いてもらう。
「立ったまま、大の男が4人がかりですからね。さすがにお白洲のシーンだけは2本撮りという形になりました。テレビの時代劇は、時間どおりに早く撮ることが必要。たまに台本のことで逸見さんに電話すると『まあ、いいからやっといてくれよ。あとで編集するから』でしたから」
シリーズでヒロインとなる「紫頭巾のおゆき」を演じたのは、こちらも本格的な時代劇は初めてという松坂慶子だった。30%を超える高視聴率番組での好演が認められ、松坂の人気も急上昇する。
「よく、鼠小僧役の松山英太郎さんと話していましたが、女としても女優としても、松坂さんがみるみる急成長してゆくのをまざまざと見せつけられました。どんどん美しくなったし、忙しさも重なってきたので『次のヒロインは誰にする?』と言い合っていたくらいです」
月曜夜8時の枠は、勧善懲悪でハッピーエンドに終わるというのが鉄則。西郷は、そこにホームドラマの要素も加わったことが「江戸を斬る」のロングランにつながったと胸を張るのだ。