3月8日、NHKEテレで放送された「第64回NHK杯テレビ将棋トーナメント 準決勝・第2局」。プロ棋士が白熱の攻防を続ける最中、まさかの「二歩」で勝負が決着する異例の事態になった。春の“珍事”が起きた現場を当事者たちが振り返る。
「最初は何が起きたのかわからなかったんです。自分の読みにない手が飛んできて、‥‥えっ、これって二歩じゃないの!? 喜んでいいのかな」
そう複雑な心境を述懐するのは、勝利した行方尚史八段(41)である。
一方、二歩を打って反則負けした橋本崇載八段(32)は、ツイッターでこう振り返った。
〈その瞬間に相手の行方さんが声を上げて、少しして自分も気づき頭が真っ白になりました〉
「歩」が置かれている縦の列に、持ち駒から「歩」を打つ「二歩」。プロの対局で見られたのは、実に8年ぶりのことだった。
まずは放送された「NHK杯」を振り返ろう。
事前のインタビューで橋本八段は、準決勝に残った4人について、
「実績はいちばん劣りますけども、私はいちばん華のある棋士なので、ぜひとも優勝して将棋界を盛り上げたいと思います!」
と自信満々に述べた。だが、対局が始まると主導権は行方八段が握る。そして中盤になり、両者持ち時間を使いきって1分将棋に突入する。そんな中、将棋盤をジッと見つめていた橋本八段が秒読みに入り、記録係が「50秒‥‥6、7、8」と数え始める。すると、「6七歩」があるにもかかわらず、「6三歩」をパチンッと打ってしまった。
「あっ!」
先に声を上げたのは、行方八段。その瞬間、橋本八段も異変に気づくと、2人とも思わず両手で頭を抱え、放心状態の様子がテレビに流れたのだった──。
2011年に棋士を引退した神吉宏充氏が2人の心境についてこう語る。
「橋本君に電話したら、序盤からミスが続き、非常に局面が苦しくて、何か手を見つけようと焦ったそうです。行方君も戸惑った表情をしていたのは、将棋を作る棋士っていうのは、いい勝負を提供するのが本望。一生懸命指してきた将棋が思わぬ形で終局を迎えてショックだったのでしょう」
行方八段もこう話す。
「徐々にペースは握っていましたが、まだ勝ちを確信できるほどではなかった。これで決勝進出していいのかと、無意識に頭を抱えてしまったんです」
収録は2月9日に行われた。「禁じ手」決着だったが、対局は成立していたので放送されたという。