「よしっ、わかった!」と威勢のいい声を上げるが、まるで見当違いな推理に観客は大笑い。金田一耕助シリーズにおける等々力警部は、突然世を去った名優・加藤武(享年86)のハマリ役だった。
黒澤明、市川崑、今村昌平、深作欣二‥‥日本映画界の巨匠たちに愛された個性派の脇役が加藤武である。悪役から人情派まで幅広くこなし、文学座代表たる演技力に定評があった。
加藤は7月31日、スポーツジムのサウナで倒れ、そのまま帰らぬ人となる。役者仲間や後輩たちが急逝を惜しむ声を寄せていたが、週刊アサヒ芸能には近年、何度か登場して「役作り」を明かしている。
例えば「仁義なき戦い」(73~74年、東映)では、腰抜けの打本昇組長に扮したが、「これほど痛快な役はなかった」と加藤は言う。
金子信雄扮する山守義雄組長にイビられ、満座の前で悔し涙を流す。
「金子さんの憎たらしい演技がうまいんだ。で、俺がヒイヒイ泣くんだが、言ってみれば金子さんの山守が大悪党、俺のが小悪党だよ。卑怯未練なだらしない様が、どこかコミカルで妙な現実感がある。今まで演じた中で最も気に入っているよ」
加藤が「仁義なき戦い」で取材を受けるのは週刊アサヒ芸能が初めて。実に楽しげに語るのが印象的だった。
やがて打本は、抗争相手の武田明(小林旭)に、密告を条件に借金を申し込む。武田に「このボケ!」と一喝される姿は、打本らしかったと加藤は言う。
「ヤクザを辞めてでも生き延びたい。かっこいいのはどんどん消されて、山守とか打本とか悪党は生き延びる。現実を見ると、あの原発事故にも当てはまるんじゃない? 現場の作業員は放射能と戦い、上の者はおびえて視察にも行かないような状況がね」
そんな加藤の最もポピュラーな当たり役は、「犬神家の一族」(76年、角川春樹事務所)に始まる金田一耕助シリーズの等々力警部だろう。いつも早合点して「よしっ、わかった!」と犯人を特定するが、当たったためしはない。これぞ加藤の緻密な演技プランだった。
「金田一シリーズは凄惨な場面が多いから、コメディリリーフとして等々力が出るとホッとする効果がある。それに観客も犯人は誰かと推理して観ている。そこに警部が『よしっ、わかった!』と見当違いなことを言う。客に『バカだなあ』と優越感を持たせるのが役目なんだよ」
粉薬を吹きこぼすシーンもおなじみだが、これも加藤の案で「龍角散3にクリープ7」で調合。画面に最も映える比率を考えてのことだ。
さらりとしながら、されど凄味ある役者がまた1人いなくなった。合掌──。