〈家出回数:1388回 徘徊時間:1730時間 徘徊距離:1844km お世話になった交番・警察署:31カ所〉
認知症を患った87歳の母親と、介護する娘の日常に密着した映画「徘徊 ママリン87歳の夏」(オリオフィルムズ)。この作品の最後に登場するテロップがこれである。
16年前に夫が他界したあと、奈良で1人暮らしをしていた酒井アサヨさん。8年前に認知症と診断されたあとは、娘の酒井章子さんが週に数度見舞っていたものの症状が進行し、6年前から大阪市で同居生活を始めた。
章子さんは当初、安全を考え「ママリン」を外に出さないようにしていたが、玄関のドアを叩き「外に出たい」とわめき続けるため「認知症を悪化させないためには、家に無理やり閉じ込めておかず、ありのままに、自由にさせておく形もあるのではないか」と考え、玄関のドアを開放したという。
そしてママリンの徘徊生活がスタートする。本作は、その徘徊の様子を淡々と記録したもので、
「恐らく『徘徊ドキュメンタリー』の形をとった映画は日本初ではないかと思います。このおばあちゃんは芝居をしているのではないか、と思う人もいるでしょうが、まったく芝居ではありません。とにかく笑える内容で、『吉本の漫才よりオモロイ』が売りですね。といっても認知症の老人をただおもしろおかしく撮っているわけではなく、あえて人に見せる『お披露目型介護』もいいのではないか、と考えたもの。徘徊というとどうしても暗いイメージが付きまといますが、そうではないケースもあるということを知ってもらいたいのです」(この映画の関係者)
ママリンと章子さんによる「とにかくオモロイ掛け合い」は序盤から炸裂。自宅でくつろいでいると、
「ここ誰の家? 刑務所?」
「ちゃうちゃうちゃう。ここはアッコちゃんのおうちや。刑務所ちゃうよ」
「ホント~!?」
「刑務所はこんなユルユルな状況ちゃうよ」
食事をする場面では、そうめんのつゆを飲もうとして制止されたかと思えば、
「あんた誰?」
「アッコちゃんや」
「アッコ?」
ママリンは首をひねり、不思議そうな顔だ。
「おかしいな~。なんや大きなりすぎたような」
「そらそうや。オバハンになってんもん」
「ホンマ?」
「自分が87歳やろ」
「ええ!? ホンマ~!?」
飼っている猫がすぐ目の前にいるのに、猫のぬいぐるみをなでて話しかける。
「アッコねえちゃんに大事にしてもらってるんだね。よかったねー」
この行動を章子さんは「生きてるか生きてないかわかってない」と分析する。
ママリンが外を徘徊する際、章子さんはママリンの姿を監視しながら尾行し、時々「バッタリ出会った」状態を装って声をかける。
「あれ? ママリン、何してんの?」
「お金盗られたからね、お巡りさんに言おうと思ってた」
「ナンボ盗られたの?」
「6000円」
「オモロイ金額やね」
もちろん、マリリンはお金など持って出ていない。
うっかり遠くまで徘徊し、帰る道がわからなくなって座り込むシーンでは、
「今日、どこへ泊まんの? あんたどこか知ったとこあった? あ、公園があったな。そこ行こうか。ん? アッコ姉ちゃん、返事しいや。ボーッと立っとかんと」
とそばの電柱に話しかけ、ピタピタと手で叩く。
また、ある日はレストランでおしぼりにかぶりついたりも──。
前出・映画関係者は言う。
「おもしろいのは、章子さんが『ママリンが遠くに行くと、(連れて帰る際の)タクシー代が大変だから、近くを回りましょう』と言うと、ちゃんと近くを徘徊するようになったこと」
徘徊の概念を覆すこの作品に、理想の介護とは何かを考えさせられる教訓が含まれている。