そんなI女史を敵視していたのが、メリー喜多川副社長だ。昨年1月には「週刊文春」(1月29日号)がメリー副社長のインタビューを掲載。記事では、取材現場に急きょ呼び出されたI女史に向かって、
「対立するならSMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう」
と叱責し、その女帝ぶりを、あらためて世に知らしめたほど。ジャニーズ事務所関係者が語る。
「SMAPを中心とするIさんのチームは社内で“独立国”と呼ばれていて、メリーさんにとっては“目の上のコブ”でした」
同関係者はメリー副社長がタレント送迎担当者にこんな指示を出す場面を目撃し、面食らったという。
「Iが通った道は汚れている。絶対に走ってはいけません」
こうした“I女史叩き”は、中居らの耳にも入っていた。彼女の退社を機に、メンバーが同情に駆られて追従するのは自然な流れだったかもしれない。
「今回の分裂騒動には黒幕がいるんです」
とは大手芸能プロの幹部だ。I女史にSMAP独立プランを持ちかけた人物がいるとして、こう明かす。
「メンバーを複数の事務所に移籍させて、AKBのようにグループを運営していく構想でした。Iさんはジャニーズを辞めたあとも、大手芸能プロのバックアップを受けながらSMAPをマネージメントするつもりでした。ところが、計画の首謀者が土壇場になって『キムタクが出ないならケツは持たない』と態度を硬化させたのです。ハシゴを外されたIさんは芸能界引退を決意しました」(芸能プロ幹部)
行き場を失って最も困惑したのは“離脱組”の中心人物と目された中居だった。時を同じくして、中居の説得に動いたのが事務所の大先輩・近藤真彦(51)だ。
「近藤は中居をデビュー当時から弟のようにかわいがっていて、中居も近藤を兄のように慕っていました。ジャニー喜多川社長からも『うまくやってよ』と頼まれて、かなり張り切っていたようです。出演予定だった大みそかのカウントダウンコンサートを急きょキャンセルしたのも、その特命と無関係ではないでしょう」(芸能関係者)
が、そんなマッチの“火消し工作”を中居は完全スルー。マッチからの電話に出ることはなかったという。
「中居は12月に収録されたバラエティ番組で、近藤の息子をトークのネタにしていた。その件で説教されると思ったのかもしれません」(前出・芸能関係者)
ソデにされた近藤に代わって、そのさらに先輩に当たる元ジャニーズタレントの豊川誕氏がこう助言する。
「私自身もそうでしたが、売れっ子になって大金を手にすると、誰が仲間で誰がそうでないかわからなくなってくる。育ての親も大切ですが、芸能界の産みの親が誰なのかを忘れないでほしいですね」
日本中を騒がせた今回のSMAP騒動。メンバー本人の口から真相が語られる日は来るのだろうか。