「女優、女優、女優!」と連呼する圧倒的な語り口。三田佳子(75)が「Wの悲劇」(84年、角川春樹事務所)で演じた大女優・羽鳥翔は、日本の映画界に「助演女優」の価値を高める一石となった。
──ちょうど今、オンエア中の「スニッカーズ」のCMも、大女優をみごとにパロディ化していますね。
三田 すごく評判がいいらしいの。おなかがすくと沢尻エリカさんに変わる最初のバージョン以来の反響なんですって。
──あの大女優のモチーフとなったのが、84年の配給収入第4位(15.5億円)を記録した「Wの悲劇」ですね。邦画界きってのアイドル女優だった薬師丸ひろ子が劇団の新人で、そのトップ女優という役どころ。
三田 実は最初のオファーはお断りさせていただいたんです。大女優というのなら、例えば浅丘ルリ子さんとか岩下志麻さんとか適任の方がいらっしゃるんじゃないかと。そこで監督さんに会わせてくださいとお願いしたら、現れたのが澤井ちゃんでビックリ。
──澤井信一郎監督は、東映の任侠映画で長らく助監督を務めていたから、顔なじみだったわけですね。
三田 そう、それで監督とじっくり話して、これがアイドル映画ではなく「アイドルと大女優が肉薄する映画」なら、やらせていただきましょうと。その代わり、役作りは私自身の生き様とか嫌味な部分とか、全てが見えてこないとおもしろくならない。
──原作小説を大幅にアレンジし、劇団を舞台にした「劇中劇」がメインになって、演じる俳優たちとのシンクロが効果的でした。
三田 舞台のシーンの演出に関しては、出演もしている蜷川幸雄さんが全てやってくださいました。スキャンダルを追うレポーターも、梨元勝さんや福岡翼さんなど、全て本物の方々でしたから。
──さて「Wの悲劇」は名セリフの宝庫と呼ばれています。まず、羽鳥翔の長年のパトロン(仲谷昇)が腹上死して、大きな役と引き換えに、新人の静香(薬師丸ひろ子)に身代わりを頼む場面。
三田 ホテルの一室でのやり取りは、たしか1シーン1カットの長回しで撮ったはず。身代わりをためらうひろ子ちゃんに「できないはずないわ、あなた女優なのよ。女優、女優、女優!」と迫って。セリフを覚えるというより、身のうちから出るようにしないと、女優が女優を演じることの二重構造はできなかったわ。
──そして静香をクビにしようとするベテランの劇団員の前で、たった1人で「役者とは何か?」を説く場面は圧巻でした。
三田 役者人生で、あんな苦しいのを突きつけられたのは初めてでした。私の演説に対し、他の人たちは高みの見物的に取り囲んで見ているでしょ。その中で「三田佳子はどんな演技を見せてくれるんだい?」という採点されているような状態。スケートに例えるなら、やったことのない4回転ジャンプを初めて跳ぶような怖さでしたよ。
──印象的なセリフに、新人時代はお金もなく、かといってバイトをすれば稽古の時間が取れない。老女優に「そんな時、オンナ使いませんでした?」と詰め寄って見せた。
三田 荒井晴彦さんの生々しくてすばらしいシナリオでしたね。初の大役で緊張する静香に対しても「私の初舞台は緊張で生理がきたけど、血まみれになりながらやったわよ」というセリフも、女優に対して「さあ言ってみろ!」と突きつけてくる感じがあって、奮い立ちました。
──角川映画としては作品の評価も高く、三田佳子としても多くの助演女優賞を獲得されました。
三田 私が無邪気に喜んだことで、それまで主演女優賞オンリーだった映画界の風潮に「助演女優賞」というのが流行語になるくらい、価値観が変わったようです。生きているうちにもう1度、これに匹敵するような緊張感のある作品に出会いたいですね。