週刊アサヒ芸能のメイン読者層にとって、水沢アキ(61)の名は「70年代の甘美な記号」であるはずだ。清純派アイドルらしからぬダイナミックな肢体は、デビュー作から鮮烈に輝いた。
──今、すぐにグラビアで見せていた姿になっても大丈夫なほど若々しいですね。
水沢 私、ホントに夏が大好きで、この季節は水着のブラにホットパンツで掃除機をかけたりしているの。
──いい光景です(笑)。さて72年の芸能界デビューが、いきなりヒロインを演じたドラマ「夏に来た娘」(TBS系)でした。
水沢 はい、私にとってドラマの原点だし、今でも一番、思い入れがありますね。
──どんな役柄で?
水沢 いわゆる「父の愛人の子」という出生の秘密を持っていて、北海道の牧場から上京してくる純朴な娘でした。
──当時、まだ女子高生の17歳ですね。オーディションは一発で合格?
水沢 ジーンズをはいて、胸が目立つようなニットを着て、それで牧場の娘らしく馬に乗ったら「イメージにピッタリだ」ということで決まりました。
──持つべきものはプロポーションですね。実際に撮影に入るとどうでした?
水沢 当時のテレビの世界は厳しかったですよ。タイトルバックで馬に乗るシーンは、危険だから吹き替えを使おうかと言われたんです。そしたらプロデューサーから「ヒロインの代わりなんていくらでもいる。落馬したら落馬したでいいよ」と言われて。
──あえて発奮させるために厳しい言い方をしたのかもしれません。
水沢 そうかもしれないですね。あ、そうそう、乗馬のシーンが多かったけど、夏の撮影だからTシャツ姿ばかり。そうすると胸がユサユサと揺れるのがドラマ的にダメみたいで「サラシを巻いてくれ」とお願いされました。
──さて“解禁”というか、ドラマ以上に「水沢アキの情熱」を照らしつけたのが、雑誌「GORO」を中心としたグラビア展開。特に、浜辺で撮った濡れたTシャツから乳房の透けるショットは、どれだけの青少年が「お世話になった」ことか‥‥。
水沢 ダウンタウンの松本人志さんにも言われたことがあります(笑)。私自身、撮影は大好きなんですけど、ただ、当時は「連想ゲーム」(NHK)の紅組キャプテンもやっていたし、事務所的にはヌードはNG。それで篠山紀信さんが考えて、海でメイクを洗い流しながら、Tシャツまで濡らしたところをパパッと撮ってしまおうと。
──伝説のショットになりましたね。ところでテレビ界屈指の都市伝説として残るのが、その「連想ゲーム」で「こけし」という解答のために「電動」と言ったとされていますが。
水沢 私が「こけし」と解答したという説もありますけど(笑)、あれは「伝統」と振ったんです。さらに、それに「こけし」と答えたのは別のゲストの方だったんですよ。
──長年の謎が解けましたよ(笑)。
水沢 いろんな撮影で「もっと脚を広げて」とか「背中をそらして胸を強調して」と言われ、恥ずかしい思いをしましたけど、不思議と篠山さんだと“演じている”という気がして、すんなり入っていけました。
──それでこそ「夏に来た娘」です!