その劇的なマウンド復帰に、阪神ファンの胸は相当に熱くなったに違いない。阪神の湯浅京己が4月29日の中日戦(バンテリンD)で、実に544日ぶりとなる1軍マウンドに立ったのだ。
7回裏に「ピッチャー湯浅」がコールされると、3塁側スタンドからは大きな拍手が。その期待に応えるかのように、湯浅は最速150キロの速球を繰り出しながら、見事に1イニングを無失点で切り抜けた。
湯浅は国指定の難病「黄色靭帯骨化症」を患い、昨年8月に手術を受けたと伝えられていた。その後、懸命のリハビリを続け、昨年末にはブルペンでの練習を再開。そして今年の春季キャンプで実戦に復帰し、2軍戦でも1軍復帰を展望できる結果を残していた。
しかし、黄色靭帯骨化症が具体的にどのような病気であるのかを含めて、2022年に最優秀中継ぎ投手賞のタイトルを手にした湯浅の、今日までの「難病との闘い」はほとんど知られていない。
黄色靭帯骨化症は、脊髄(脳から続く太い神経の束)の後ろにある黄色靭帯が肥厚し、肥厚した部分に近い神経を圧迫してしまう厄介な難病である。発症部位は頸椎、胸椎、腰椎など様々だが、最も多く見られるのが胸椎の黄色靭帯骨化症だ。
湯浅を襲ったのはこの胸椎の黄色靭帯骨化症とされ、プロ野球選手、中でも投手に好発することが知られている。日本脊髄外科学会所属の専門医が指摘する。
「プロ野球選手の発症率は一般人の15倍以上にも上ります。とりわけ投手で発症例が多いのは、ピッチングの際に高速で体をねじる動作を繰り返すことで、背中や黄色靭帯に局所的な負荷がかかり続けるからです。初期段階では下肢の脱力やしびれなどの症状が現れますが、重症化すると麻痺が進行して、歩行すら困難になります。軽症の場合は薬物療法が中心となりますが、重症の場合は外科手術が必須の選択肢になります」
では、湯浅はどのような手術を受けたのか。実は胸椎で発症する靭帯骨化症は、背中側の黄色靭帯に病変がある「胸椎黄色靭帯骨化症」と、腹部側の後靭帯に病変がある「胸椎後靭帯骨化症」に大別される。専門医が続ける。
「胸椎黄色靭帯骨化症は背中側からの手術で病変に辿り着けるため、肥厚部分の除去や圧迫部分の除圧が比較的容易です。一方、胸椎後靭帯骨化症は脊髄の腹部側に病変があることで、背中側から肥厚部分を除去する根治的手術は困難となります。湯浅投手の場合、幸いなことに前者の胸椎黄色靭帯骨化症だったようですが、今後は再発を防ぐための注意と配慮が不可欠になってくるでしょう」
ここ数年は棒に振ってしまったが、湯浅は今年で26歳とまだまだ若い。中継ぎのみならず、クローザー登板も含めた今後の大活躍に期待したい。
(石森巌)