元プロ野球選手、秋山幸二氏。1987年には本塁打王にも輝くなど、NPB通算20年間で2157安打を放ち名球会入り、80~90年代の常勝球団・西武ライオンズを牽引した名スラッガーである。更には、90年に盗塁王も獲っており、ゴールデングラブ賞に11回も受賞するなど守備面でも長けた才能を見せ、まさに「走・攻・守」そろった選手であった。
当時はMLBに最も近い男とも称されていたが、時代もあっただろう…投手の野茂英雄氏がMLBに渡ったのは95年、打者としてはイチロー氏が2001年、松井秀喜氏が03年である。
これは93年オフにFA(フリーエージェント)制度が導入されたことを受けてのものだが、秋山氏が西武ライオンズに入団したのは81年のことである。FA制度導入時には秋山氏は30歳を超えていた。
「もっと若いうちに勝負したかった」秋山氏がそう振り返ったのは、巨人で活躍した元プロ野球選手、ウォーレン・クロマティ氏のYouTubeチャンネル〈クロマティチャンネル〉、10月19日投稿〈【クロマティ×秋山幸二】クロマティ一番のお気に入り・秋山幸二とじっくり今昔野球を語る(前編)〉に出演した中でのことだ。
「メジャーリーグで言われている5ツールね。パワー、スピード、アベレージ、ディフェンス、肩…ユー(秋山氏)、全部よ」と、MLBでも活躍していたクロマティ氏も秋山氏を絶賛だった。秋山氏自身、オフにはMLBを観戦に訪れたこともあり、そのたびに「あの舞台に立ちたい」と、闘志が沸いたそうだが、その熱い思いが結果的に20年間の長きに渡ってNPBで活躍できたとも前向きに明かしている。
秋山氏と言えば、「バック宙ホームイン」が思い出される。MLBであの華麗なパフォーマンスが披露されれば、スタジアムがどれだけ沸いたことか…。そんな思いも募る、見ごたえのある投稿回であった。
(ユーチューブライター・所ひで)