大地震で運よく生き残った人々に襲いかかるのは、前回指摘した食料や水の枯渇だけではない。1995年の兵庫県南部地震や2011年の東北地方太平洋沖地震をはじめ、長年、被災地の実態を調査、分析してきた公衆衛生学の専門家は、
「人間の生理現象として避けられない『排泄』の問題もまた深刻です。中でも超過密都市の直下を震源とする都心南部直下地震の場合、地震発生直後から『トイレ難民』が大量発生すると考えておかなければなりません」
こう前置きした上で、次のように指摘するのだ。
「少なくとも震度6強以上の揺れに襲われる都区部では、即時断水によって水洗トイレの使用ができなくなります。屋上に貯水槽が設置されているマンションでも、貯水槽の水が尽きてしまえば、ジ・エンド。その結果、域内のトイレというトイレは『糞尿』と使用済みのトイレットペーパーで溢れ返ることになる。そのトイレットペーパーもすぐに底をつきますから、トイレ難民は屋外で用を足さざるを得なくなり、『悪臭』はトイレのみならず、至る所から漂い始める、という凄絶な状況に追い込まれていくわけです」
ところが今回の新被害想定は、地震発生直後からトイレが使用できなくなる可能性こそ指摘しているものの、そのことがもたらす排泄地獄の具体的な様相については「ご想像にお任せ」のスタンスなのである。公衆衛生学の専門家が続ける。
「しかも、このような不衛生極まりない環境は『感染症』を蔓延させます。トイレットペーパーもなく、手指を洗う水もありませんから、汚物が付着した手指から口などを介する形で、ノロウイルスをはじめとする様々な糞口感染症が人々を襲うのです。仮に都心南部直下地震が今年のような記録的猛暑の真夏に発生すれば、糞尿と悪臭と感染症、そして大熱波による排泄地獄はさらに凄絶なものになっていくでしょう」
コトは「携帯トイレを備蓄しておけば済む」という話ではないのだ。
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。