新型コロナが去ったら、また一難。東京都は5月12日、3年ぶりに都内で麻疹患者が出たと公表した。東京都は臨時相談窓口まで設け、わざわざ発表したのには理由がある。
今年4月、海外から麻疹ウイルスを持ち込んだ茨城県内の麻疹患者が、新幹線で移動。同じ新幹線に乗り合わせた乗客がさらに「別の新幹線の乗客へ、次々と感染を広げているおそれがある」からだ。
都の福祉保健局によると、4月23日に茨城県で確認された、海外渡航歴のある男性患者と同じ新幹線の車両に乗り合わせた乗客2名が、5月3日に麻疹を発症。そのうち1名は5月4日、JR三島駅を午後6時54分に出発する東海道新幹線「こだま740号」9号車を、新横浜駅まで利用したという。
子供の頃に麻疹風疹ワクチンを打っているからといって、油断はできない。抗体が少なければ、大人になって感染発症するからだ。大人になって麻疹を発症する方が子供よりも重症になりやすく、大人の麻疹患者の30%が気管支炎、肺炎、脳炎などの深刻な合併症を引き起こすと言われている。妊婦が感染すると胎児が死亡。あるいは一命を取りとめたとしても、重篤な障害が残る。
しかも麻疹は「空気感染」するので、防ぎようがない。今回のように同じ新幹線の車両に乗り合わせただけで感染するし、患者と入れ違いで同じ車両に乗った乗客、車内清掃員が麻疹ウイルスを吸い込むおそれは十分にある。新幹線や飛行機やバス、駅や空港、待合室、商業施設や通勤通学ラッシュ時などに、同じ空間に居合わせただけで感染してしまう。そしてなにより怖いのが、
「内科はもちろん、小児科医でも60歳以下の医師は『麻疹患者』を診たことがない」
という驚愕の事実だ。都内大学病院の勤務医が言う。
「大学病院でも『麻疹患者を診たことあるのは教授だけ』ということがままあります。麻疹患者が皆無の欧米でキャリアを積んだ名医ほど、麻疹は学生時代に教科書で見ただけだったりする。なので今回、医師の間でも、麻疹患者がやってきた時に正しく診断できるか、不安の声が上がっています」
日本では新型コロナ前の2018年まで、麻疹風疹ワクチンの接種率は98%を超えていた。このため麻疹に感染発症する人は、都内でも多くて年間100人程度。ワクチン2回接種が義務化される1990年より前に、日常的に麻疹患者を診ていた年配の医師でなければ「麻疹特有の発疹」「麻疹様顔貌」の鑑別がつかない。麻疹を診察できるクリニックは限られているため、心配な人はいきなり病院に行かず、まず東京都や地元保健所に相談してほしい。
しかも新型コロナの影響で、2021年には麻疹風疹ワクチンの接種率は93%まで低下。保育園や幼稚園に通う子供達の10人に1人はワクチン接種をしていないので、子供たちから抗体が乏しい大人にまで、感染が広がる可能性がある。数千円の実費がかかるが血液検査で、麻疹の抗体が十分あるかを調べることができる。
ミステリーの女王アガサ・クリスティの小説にも「麻疹風疹を感染させられ、子供が重篤な障害を負った女優がファンに復讐する話」がある。新型コロナとは比べものにならない重症化率と死亡率なので、自分が苦しむのはもちろん、麻疹を他の人にうつしたとなれば、シャレでは済まないのだ。
(那須優子/医療ジャーナリスト)