東国原英夫氏が知ったら、これこそ「どげんかせんといかん事態だ」と言うのではないか。牧草地が広がる「和牛のふるさと」で、とんだ騒動が持ち上がっているのだ。
南海トラフ地震で震度7。地震発生からわずか20分で13メートルの津波が到達するとされる、宮崎県川南町の中学校校舎新設計画が6月13日の定例議会最終日に、突如として「白紙」になったのだ。
人口1万4000人。日本三大開拓地のひとつで、人より豚と牛の方が多い、のどかな農村を二分する騒ぎの発端は、今年4月23日開票の川南町長選挙だった。「中学校新校舎建設派」の前町長と、「新設反対派」の現町長の一騎打ちとなり、330票差で反対派の新人候補、元町中央地区自治公民館長の東高士氏が初当選したのだ。そして選挙後初の定例議会最終日、6月13日に正式に「中学校校舎新設計画の廃止」が決まった。6対5というわずか1票差だった。
現在、町内にある2つの中学校校舎は築52年。耐震工事は行われたが、2011年東日本大震災前の改修工事で、当時の調査でも「南海トラフで全壊、倒壊の可能性は低いが、ゼロではない。南海トラフがきたら確実に校舎は損壊し、使用不可になる」と評価されたほど、老朽化が進んでいる。中村昭人町議が言う。
「川南町でも少子化は深刻で、2つある中学校のうち国光原(こくこうばる)中学校は、全校生徒が140人になりました。教員配置と施設拡充のため、もうひとつの唐瀬原(からせばる)中学校との合併が決まったのです。ふるさと納税のふるさと振興基金など47億円の積立金を財源に、安全な場所に新校舎を建てようという計画が持ち上がりました。そのために、東日本大震災で大きな犠牲を出した宮城県石巻市の大川小学校の被災現場も視察しました」
ところが校舎新設工事に、町内の中高年から「新校舎を建てるカネがあるなら、貧困で弱っている人に使え」という声が上がり、子供達と保護者が卒業式を祝う目の前でも、新校舎反対運動が繰り広げられた。
反対派の町民や新人町議からは「反対派の町長が当選したら、貧困世帯に8万円を配る」「新校舎建設を中止にしたら、そのカネで老人のための温泉施設を作ろう」と、呆れるような話が出たという。絵に描いたような老害だ。
定例議会で「新校舎計画を中止にしたら8万円を配る」の真意を東町長に問うた徳弘美津子町議によれば、
「町長は公民館で演説した時に『新校舎建設準備のために使った5億円があれば、高齢者に8万円を配れた』という趣旨だと弁明しました。ですが、町役場職員によると、数人の町民から町役場に『いつ8万円を配るのか』という問い合わせがあったそうで、定例議会でも改めて東町長から『ふるさと納税を財源に、貧困世帯への給付金を考えている』との具体的な発言がありました。可哀想なのは川南町の子供達で『町の借金を払うのは老人じゃない、自分たちだ。私達が大きくなったら税金を払うから、どうか新校舎を作って下さい』と訴えているんです。もう子供達に申し訳なく、情けなく、恥ずかしいです」
これはわずか500人の中学生だけの問題ではない。日本から「ブランド牛」が消える大問題なのだ。
川南町に暮らす子供の親たちは養豚や酪農、全国各地でブランド牛になる子牛を育てる肉牛生産を営んでおり、原油高と飼料の高騰で経営難が続いている。この1年、全国的にも酪農畜産の廃業が相次ぐ苦境に加え、家業を継ぐ子供達が南海トラフで圧死や津波に巻き込まれる恐れがあるなら、親達は苦境の酪農畜産を見限って廃業、川南町から出ていく最悪のシナリオが現実味を帯びてきた。
事実、前出の徳弘町議によれば、ふるさと納税の返礼品を扱う生産者からは、
「この問題が全国的に知られ、ふるさと納税が減収しても仕方ない。ふるさと納税は町の将来を担う子供達の教育のために使うはずだった。老人へのバラマキ、温泉施設に使われるなら、ふるさと納税の返礼品の協力はしない」
という声まで上がっているという。
川南町役場と東町長には2度にわたって事実関係の確認を求めたが、いずれも期日までに回答は得られなかった。
18億円超にものぼる前年度のふるさと納税者の3割は「川南町の教育、育児支援のため」と使い道を指定している。
折しも岸田文雄総理が「異次元の少子化対策」を発表したばかり。子供達の教育環境を改善してほしいという全国の納税者の意向を無視したふるさと納税の私物化を、総務省はこのまま許すのか。
(那須優子/医療ジャーナリスト)