最高のヒールだ。クソ高い関税で世界を敵に回し、ゼレンスキーと罵り合ったと思えば一転、露ウの停戦交渉に乗り出していく。これは〝アングル(筋書き)〟なのか? プロレス観戦のようなトランプ戦略は国際政治の視点だけでは見誤ってしまう。となればプロレスラーに聞くしかない。米WWEを席巻したTAJIRIが暴君の真意を斬る!
ロサンゼルスに住む友人から電話があった。彼は15年前に米国グリーンカードを取得して以来、ロスのダウンタウンにある日系商店で働いている。先日起きたという、いかにもトランプ政権下のアメリカにふさわしい、不法移民対策が濃厚すぎる出来事を聞かせてくれた。
ある日、彼が働く店に荷物が届いた。届けに来たのはアメリカ大手宅配業社の白人ドライバー。店番をしていた彼が荷物を受け取ろうとすると、「ID(州発行の身分証明証)を提示しないと渡せない」と言われた。これまでそんなことは一度もなかったので拒んだが、「ならば送り主に返送するまで!」と脅され、結局提示した。
彼が知人の識者にその話をすると、驚くべき理由を聞かされることとなる。トランプ政権を支持するその宅配業者では、IDを持つことのできない不法滞在者を発見し報告した社員には賞金を与えているそうなのだ。まるで現代社会における魔女狩り。おそらく日本では報じられることのない、トランプ政権下におけるアメリカの一つの実像だ。
こうした移民政策だけでなく、25%の関税案、ウクライナ大統領ゼレンスキーとの口論から一転しての和解など、今、世界を騒然とさせ続けているアメリカ大統領ドナルド・トランプ。
2007年、そんなトランプが、プロレスのリングに上がっていたことを皆さんはご存じだろうか。舞台は世界最大のプロレス団体WWE。当時のWWEオーナーだった大富豪のビンス・マクマホンを相手に、それ以上の大富豪であり、自身のテレビ番組を持つなど高名だったトランプが対戦を表明したのだ。
ただしプロレスラーとして試合をしたわけではなく、両氏が代理の選手を擁立し、立ち位置はあくまでマネージャー。それで負けた方の選手のマネージャーが丸坊主にされるという世紀の大富豪対決は、AP通信までもが取材に駆けつけ、現在も世界170カ国で放送され、当時のWWE最高視聴率を記録するなど地球規模の話題となったのである。
アメリカの多くの政治評論家や著名人が「トランプのディール(駆け引き)はプロレス流だ」と認識し、公言している。それほどまでに氏のWWE登場シーズンはアメリカ国民にとって印象深い出来事だったのだ。では、プロレス流の〝駆け引き〟とは何か? その前に、そもそもプロレスとは何なのか。スポーツ? 格闘技? あるいは表現の世界? どれも一面的に正解ではあるが、その懐の深さをひと言で言い表すことはむつかしい。
プロレスは、虚構と現実の境界線上に位置する謎のベールに包まれた世界である。あらかじめ打ち合わされた出来レースか否か? という謎。様々な憶測が取りざたされる流血にまつわる謎。さらには、シュート、ケーフェイ、アングルなど、マニアなら誰でも聞いたことのある裏用語がすぐそこを飛び交っているにもかかわらず、信頼に足るその本当の意味がどこにも書き記されていない謎。謎だらけの世界、プロレス。そんなグレーなプロレスという固有名詞は、時として世間でこのように用いられることがある。
「どうせプロレスでしょ」
近年でも、塩村あやか議員による「プロレス芸」や、テレビ番組内の演出を「プロレス」と評した西村博之氏の発言が、プロレス関係者とその周辺からの猛反発を招いてきた。しかしこれと同質な揶揄として頻繁に用いられるもう一つの言葉が、世間にはある。
政治。
「あいつは政治がうまいよね」
こんな用い方を誰もが一度はしたことがあるだろう。これは「プロレス」と「政治」という二つの言葉が、同列レベルで世間に浸透していることの裏返し‥‥とまで言ってしまうのはプロレスの肩を持ちすぎだろうか。どちらにしろ、プロレスと政治には共通点が多いのだ。そしてどちらも揶揄的な代名詞として一般的に用いられてしまうことは、これまでの歴史を振り返ってみても拭いきれない宿命のようなものであろう。
TAJIRI:1970年生まれ。94年プロレスラーデビュー。日本のプロレス団体のほか、メキシコ・CMLL、アメリカ・ECW、WWEで活躍。現在、九州プロレス所属。172cm、82kg。著書に『プロレス深夜特急 プロレスラーは世界をめぐる旅芸人』『戦争とプロレス』(弊社刊)など。最新刊『プロレスの味わい 世界から地方に来て幸せになった男』(西日本新聞社)。