純粋に芸人を目指す路木とアイドルのようなルックスの桜小路──。「芸人失格」は中山秀征と組んだお笑いコンビ「ABブラザーズ」時代の体験をつづった松野大介氏の私小説だ。舞台は20年以上前。しかし、現在のお笑い界と共通する部分も多い。
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──松野さんがモデルの主人公・路木がなじめなかった芸能界。今も仕組みは変わっていない。
「そうですね。もう“芸”じゃなくて“芸能界”を見せるだけ。仲間内ですよね。『あいつは同期でどうのこうの』。オレ、この“同期”って感じが苦手なんです」
──吉本興業的な?
「吉本の互助会みたいになってますよね。その輪の中に入るか入らないかが勝負。若手はやっぱり『仲間に入れてくださいよー』みたいな感じ。そうなるのはしかたないと思うけど」
──松野さんがデビューした頃は?
「まだそうじゃなかったね。最初はたけしさんやさんまさんが、芸でテレビを壊していったんだけど、そのあとは芸のない連中が単にテレビに出てハシャいでるだけだったり(笑)。でも、今の芸人は昔よりみんな腕はある。年月がたつと、やっぱり基礎体力はつくからね。もし今、オレたちがデビューしても、すぐテレビには出られてないよ。あの頃はプロデューサーが芸人を育てる土壌があったからよかったけど。ダウンタウンやウンナン、ナイナイも、そうやって育ってきたところはある」
──本を執筆したのは芸能界から引退して3年後。その経緯は?
「作家になってからは、ずっと毛嫌いしていたんです。絶対にあの頃のことは書きたくないって。当時は周りも芸能界の話はオレに触れちゃいけないという雰囲気がありました。でも、ある時、出版社から依頼が来たんですよ。で、そこの社長さんが『自分のことを書くなら、本を出してもいい』と言ってくれた」
──ずっと嫌だったのに?
「タイミングがよかった。その頃すでに本を3冊出していたし、きっちり書ける技術が伴っていると思ったんです。暴露本にはならない自信もあった。だからすんなり『いいですよ』って」
──本が出版されて14 年。反響は今でもある?
「その頃、芸人を目指していた人が結構買っていたみたい。今、コラム連載している『日刊ゲンダイ』で芸人にインタビューをする仕事をしているんですが、『本、読みました』と言われたりします。とにかく今活躍している芸人に読まれているのはうれしい。劇団ひとり君は小説を書くきっかけになったとまで言ってくれたらしいです(笑)。
でも不思議なもので、コンビって一方は読んでいても、もう一方は絶対に読んでいない。例えばダイノジだと大谷君だし、TKOだと木本君が読んでいる。ABブラザーズで言えば“松野タイプ〞と“中山タイプ〞に分かれるのか?(笑)」
──ちなみに中山さんと松野さんの現在の関係は?
「もう20年以上会っていないですね。彼は本当に徹底していたから。オレのことをしゃべらないことに関しては。向こうは向こうで腫れ物だったんでしょう。正直それも『芸人失格』を書く原動力になりました。向こうがオレを抹消するなら、自分で自分の存在をきっちり示さないと。でも、そのうち誰かの葬式とかで会うこともあるでしょうね。その時は普通に、大人の会話をすると思います」