通算868本塁打の世界記録を持つ王貞治氏(現・ソフトバンク球団会長)。首位打者5回、打点王13回のタイトルもさることながら、本塁打王は15回と、これは日本プロ野球最多記録であり、圧巻の活躍であった。これは、王氏の代名詞ともいえる「一本足打法」によるものだが、開眼したのはプロ4年目の1962年のことだった。
巨人で活躍した元プロ野球選手、ウォーレン・クロマティ氏のYouTubeチャンネル〈クロマティチャンネル〉に王氏が出演、「一本足打法」を生み出すきっかけと誕生の瞬間を語った。〈【神回】夢の対談がまさか実現するとは?世界の王貞治がクロマティチャンネルに登場?(前編)【クロマティも超緊張】〉とタイトルをつけた11月20日投稿回がそれだ。
高校時代までは「少年の球」だったが、プロは速い、重い、変化も鋭い「大人の球」と表現した王氏は「ボクもすごい世界に入っちゃったなと驚いたことがありましたね」と語った。
世界のホームラン王ですら、プロ入り当時は大きな壁にぶつかっていたことを告白したのだ。特に、王氏は「ジェイムする(振り遅れて詰まる)タイプのバッターだったようで、バックスイングのスタートを早くするために苦労した結果、62年に一軍打撃コーチに就任した故・荒川弘氏から、欠点を補うよう、右足を上げる…すなわち「一本足打法」をアドバイスされ、チャレンジしたと振り返った。
「一本足打法」の初お披露目は、この62年の7月1日、対大洋ホエールズ戦の相手ピッチャーは速球派の稲川誠氏で、1打席目は「ライト前ヒットでホッとした」と語る王氏は、続く打席ではライトスタンドにホームラン!
大きな自信をつけたこの年、38本塁打で初の本塁打王に輝き、以後13年連続本塁打王という最長記録も成し遂げている。
世界のホームラン王でも若い頃はプロの世界に委縮し、しかしみごとにそのプレッシャーをはねのけたといった勇気をもらえるエピソード…。まさに「神回」であった。
(ユーチューブライター・所ひで)