巨人で活躍した江川卓氏と西本聖氏といえば、不仲も噂されたライバル関係だった。
江川氏は、1978年ドラフト1位で阪神タイガース入りするも、後に「江川事件」と呼ばれる騒動により、即、巨人に移籍。翌79年に9勝を挙あげ、80年には16勝で最多勝のタイトルを獲得。以降、引退する87年まで8年連続で2ケタ勝利を記録している。
一方の西本氏は、74年ドラフト外にて巨人に入団。80年から6年連続で2ケタ勝利をあげたが、意外にも巨人時代に獲得したタイトルは無く(後に中日ドラゴンズに移籍して最多勝獲得)、また江川氏を上回る勝利をあげたシーズンも一度もなかった(84年に15勝で並んだことはある)。
81年、江川氏が20勝をあげ最多勝を獲得するが、18勝の西本氏が「沢村賞」を受賞。ここから2人の関係に変化が生じ、口をきかないほどの不仲だとの噂も流れたほどだ。
元巨人・槙原寛己氏のYouTubeチャンネル「ミスターパーフェクト槙原」の、1月8日付け投稿回において、81年にドラフト1位で巨人に入団し当時を知る槙原氏が、2人の関係をこう振り返っている。
ある日本シリーズに備えてのブルペンで、江川氏と西本氏が並んで投球練習を開始したことがあったそうだ。そのとき、江川氏は足をケガしていたことからブルペンでは投げないと槙原氏は聞いていたそうなのだが、互いに意地の張り合いで練習をやめず、次にブルペンで投げる予定だった槙原氏は「まだ終わらねえ…」と気を揉むことに。そんな2人の意地の張り合いは、見ていて「面白かったです」とも振り返った。
真の不仲であれば、「面白かった」との感想も槙原氏の口からは出てこなかっただろう。ライバルゆえのむき出しの闘志だったのだと思われ、貴重な話が聞けた好回だった。
(ユーチューブライター・所ひで)