バンクーバーで史上初の「3A3発」を成功させるも、浅田はキム・ヨナに大差で敗れ去る。その大きな要因が「ルッツ」であった。実はこのジャンプが浅田の「弱点」であることは意外と知られていない。そこに隠された真実とは──。
10年2月のバンクーバー五輪、表彰台で金メダルを掲げるキム・ヨナ(23)の右隣で、浅田真央(23)はうつむいていた。その後、彼女は、会見で涙をこぼし、こう答えたのだ。
「少し悔いが残ってしまったけど、メダルが取れてよかったと思います。ごめんなさい」
14歳から戦い続けてきたライバルのキム・ヨナが、この大舞台で228.56という歴代最高記録をマークする中、浅田も自慢のトリプルアクセル(3A)をショートプログラム(SP)で1度、フリースケーティング(FS)で2度成功させ、喝采を浴びた。しかし、後半の3回転ジャンプで2度失敗し、得点差は23.06の完敗。世界初の「3A3発」の快挙も、悔し涙に包まれたものとなった。
浅田とキム・ヨナという2人の天才を見続けてきた元五輪代表の渡部絵美氏は、この勝敗の鍵はルッツ(Lz)だったと指摘する。
「真央ちゃんが苦手のLzを克服して五輪に挑んでいれば、また違った戦いになっていたと思います。SPで3Aを決めたけど、5点ほどヨナちゃんに離されました。もう少し、ヨナちゃんにプレッシャーをかけられていたら違った展開になっていたと思う。五輪の敗因は3Lzだったと、私は思います」
浅田が初めて3Aを跳んだのは、実に小学校6年生の時だった。以来、6種類のジャンプを軽々と操ってきたが、07-08シーズンのルール改正で、状況は一変してしまった。フィギュアスケート解説者の佐野稔氏が解説する。
「このシリーズからLzとフリップ(F)の踏み切りが厳格に採点されるようになり、浅田のLzはエッジエラー(踏み切り違反)と判定されるケースが目立った」
スケート靴のブレード(刃)には、V字形の溝があり、インサイド(内側)エッジとアウトサイド(外側)エッジに分かれる。
左回りの場合、Lzは、後ろ向きに滑ってきて、踏み切る左足のエッジのアウトサイドを使って跳ぶ。一方、Fは前向きに滑ってきて跳ぶ直前にターンし、左足のエッジのインサイドを使って跳ぶことが厳密に判定されるようになったのだ。スポーツライターの折山淑美氏が指摘する。
「ジュニアの頃は天才的な感覚で跳べてしまったことで、浅田自身がLzを曖昧に覚えてしまった感は否めない。そのためエラーとジャッジされても、すぐに修正できなかった。体に染みついたクセは、簡単に直らないということです」
6種類のジャンプの中で、最高難度のAに続くLz。バンクーバー五輪のFSの浅田のプログラムを見返すと、Lzが見当たらない。一方、キム・ヨナは基礎点が1.1倍になる後半で得意とする3回転Lzを決め点差を広げていたのだった。