午前から午後の診察を終えたS動物病院の入り口はカーテンが閉められ、中で若い女性獣医師のK先生が待っていてくれた。診察室に案内され、話を聞く。
猫の内臓のイラストが中央に大きく描かれたA4版のメモ用紙を取り出すと、
「ジュテちゃんの状態は、細胞も調べているので、詳しくわかるまでに1週間前後かかりますが」
と前置きし、書き込みながら説明を始めた。
「膀胱」と書かれた辺りの前に、大きな円と小さな2つの円。
「お腹に複数のシコリがあります。1、2センチくらいのものです」
人間のガンでも数ミリということがあるが、猫の体で1、2センチはかなりの大きさである。
「それが何かはわかりませんが、もうひとつ心配なのは、肺のあたりに転移している可能性があることです」
と、また肺のあたりに円を3つ。そして「転移?」とクエスチョンマークをつけた。整った顔立ちのK先生は、いつもは目元が柔らかく笑っていることが多いが、この時はキリッと引き締まって表情が硬い。視線も外しがちだった。
無意識のうちに、気持ちが大きく沈み込む。何事もなく、杞憂で終わってほしいという期待はあるが、「ガン?」と不安が一気に押し寄せる。そもそも猫がガンにかかるなんて考えたこともなく、現実だけが一気に迫ってきた感じだった。
「この腫瘍が良性なのか悪性なのか、それともそれ以外のものなのかは、まだわかりません」
「それ以外?」
「例えば炎症とか、細菌感染、肉茎とか」
「それはどうやったらわかりますか」
「今日はエコーの検査でわかった結果ですから。細胞がどうかは、外注して病理の先生に詳しく調べてもらいます。それに1週間くらいかかります。検査でいい結果が出ればいいけど…。次にそれを元に、必要なら二次診療で、内視鏡検査、CTやMRIをやって、確定診断することになります」
ほぼ人と同じような検査だ。K先生は、この先のことが薄々わかっている気もした。ただ、体重も減って小さくなった猫に内視鏡、CT、MRI…と人でも萎えるような検査をやるという実感がまったく沸かない。かわいそうじゃないか、いたたまれない…そんな思いがこみ上げる。
「二次診療はここではできないんです。検査機がある病院をいくつか紹介しますので、そちらでやっていただくことになります」
「病院は近くにあるんですか」
「大学病院は府中の東京農工大、本郷の東大、武蔵境の日本生命科学大。民間で大きいのは原宿の動物医療センターPeco、目黒消化器サテライト、それからJARMeC、DVMsとか。行きやすいところ、それから予約が取れるかで、選んでいただければ」
いつになく事務的な話し方が、ジュテの病状の深刻さを物語っていた。もはや容易ならざる事態であることは、十分に認識することができた。
(峯田淳/コラムニスト)