ジュテを入れたキャリーバッグを抱え、M医療センターを出てタクシーに乗ったのだが、珍しく鳴き声を上げ、中でバタバタしている。
「どうしたのかな」
と、ゆっちゃん。
「ちょっと我慢。ウチに帰るから」
バッグを軽く叩き、声をかける。まさか、M医療センターの先生に言われたことを理解したのだろうか。
この日は17時にS動物病院も予約している。ジュテの病状を報告するとともに、背中から補液を入れてもらうことになっていた。ゆっちゃんは、
「これまでと同じように補液を入れてもらって、いつまでもつのかな」
と言う。悲しい言葉だ。回復の見込みはほぼないのだから、緩和ケアをしながら、ジュテとの時間をどう過ごすかだけ。それはわかるけど。ジュテは「ニャー」と、さらに騒ぎ出した。
家に着くと、自転車でそのまま動物病院に直行。この日はアキコ先生が診てくれた。
「あらあら、暴れて!」
「医療センターを出てからずっとこんな状態で」
「おトイレじゃない?」
キャリーバッグの中にたまたま紙オムツを敷いていて、それを取り出すとたっぷり水を含んでいた。うかつにもまったく気が付かなかったのだ。
「紙おむつが全部吸ってくれたから大丈夫ですよ」
やはり冷静な精神状態ではなかったようだ。
「で、センターではどうでしたか」
「ここで診てもらったのとほとんど同じでした。肺もかなりシコリがひどいみたいですね」
「そうですか」
アキコ先生はジュテの頭や背中を撫でている。
「今日からはステロイドも入れましょうね」
それがどんな効果があるのかわからないけど、お任せするしかない。
「この1週間、人が変わったように食べたんです。これからもできるだけ食べさせるようにはします」
「それはいいですね」
ジュテは静かになると、先生に補液とステロイドを入れてもらい、自宅に戻った。ゆっちゃんとは、これからのことを話し合った。
「あと何カ月、もつだろうか」
「先生は何も言わなかったわね」
「余命1カ月、いや2カ月。年越しはできないのかなぁ」
「そんなの、やだよ」
病院から戻ったジュテはベッドの下で寝て、しばらくして下に降りてきた。水を飲んでから、このところお気に入りのクリスピーのカリカリを9個。食欲はまだ落ちてはいないようだ。
しかし、「最後通告」を突きつけられた虚しさには、どうにも抗いようがない。その夜、2階から聞こえてきたのは、慟哭だった。そっと階段に近づくと、泣き声はさらに大きく響いた。
(峯田淳/コラムニスト)