2人の天才外科医がメスを置いた。日本の片隅の漁師町で、一時は「悪魔の医者」のそしりを受けながら、生涯で1800人超の患者に腎移植した外科医。そして年間手術数1万件の旧帝国大学「白い巨塔」のトップに君臨した外科医。2人は最期まで対照的だった。
10月14日に岡山県内の病院で亡くなった万波誠医師(亨年81)の名を全国区にしたのは、臓器売買事件である。
「瀬戸内海の漁師町で、臓器売買が行われている」
05年に愛媛県宇和島市で起きた、日本初の「臓器売買事件」。腎臓を提供する見返りに、男性患者から数百万円のカネを受け取る約束をしていた知人女性が、術後に受け取った金額が少なかったことに憤慨し、愛媛県警に通報。この時、両者の臓器売買の密約を知らず、生体腎移植を執刀したのが万波医師だった。
その後、万波医師は臓器売買に関与していないことが立証されたが、愛媛県警と鹿児島県系の捜査で、鹿児島県や愛媛県の高齢患者から摘出された腎臓が、他の腎不全患者に移植されたことが明らかになった。
年寄りを騙して腎臓を取り出した悪魔の医師とは、どんな人物なのか──。勤務先の宇和島徳洲会病院を突撃した筆者は、拍子抜けした。鼻息荒く病院に入るや、渦中の万波医師が歩いていたからだ。やや薄くなった頭頂部には寝グセ、白いアンダーウエアに直接白衣を羽織り、ポケットに手を突っ込んでいる。濃緑のオペ用ゴム入りズボン、裸足にすり減った健康サンダルをつっかけていた。
「あの、万波先生を探しているんですが…。万波先生ご本人ですか」と聞いてしまった。冒頭のおどろおどろしい噂の出所、日本移植学会の理事長、田中紘一・京都大学名誉教授、副理事長を名乗っていた大島伸一・名古屋大学病院長らエライ先生が「悪魔」「移植マニア」と蔑んだマッドサイエンティストの要素は一片もない(のちに万波医師は日本移植学会幹部に対し、名誉毀損の訴訟を起こしている。移植学会に副理事長というポストもない)。
「ほうだよ。ほうほう。東京からわざわざ取材に?ちょっと待ってて。患者さんの回診の時間だから。なんなら一緒に来るかい?」
岡山弁で飄々と答える万波医師について行くと、そこには満面の笑みを浮かべた患者が待っていた。
「どう?体調は」
「もう先生のおかげで、こんなにムクミも取れて。あんなにシンドかったのが。万波先生のおかげです。ありがとうございます」
黒澤明監督の「赤ひげ」の一場面に迷い込んだようである。患者さんはみな、万波医師を拝み倒している。おそらく万波医師はこの時、記者に患者の様子を見てもらえば説明不要、自分の治療にやましいところがないと証明できる自信があったのだろう。
自宅にも伺ったが、お世辞にも医師が暮らす豪邸とはいえず、「もし臓器売買に手を染め、高齢者を騙していたら、もうちょっと立派な家に住めるだろう」と思うような佇まい。物置のトタン屋根には穴が空いていて、庭には薪が転がり、愛犬の柴犬がいた。
後日、患者の了承を得て、万波医師ら4人の泌尿器科医による「瀬戸内グループ」が執り行う腎移植手術の立ち会い取材をした。腎臓を切り出すドナーと腎臓を受け取るレシピエントが、並んで眠っている。手塚治虫の漫画「ブラックジャック」で見たことのある光景だ。
手術が始まると、豹変した。とにかくメス裁きが正確で速かった。細い血管の狙ったところをスパッと切っていくから出血量が少なく、術野が血で汚れない。メスはサクサクと体の深部まで進んでいき、あっという間に豆の形をした腎臓が切り出された。取材当時の2000年代、日本で最も手術がうまい医師は誰かと問われたら、のちに天皇陛下の執刀医となる心臓血管外科の天野篤医師と、この万波医師を挙げただろう。
動脈、静脈の切り口が綺麗なので、その後、臓器提供患者から切り出された腎臓を移植する際の血管縫合も難なく行われる。万波医師を批判していた移植外科学会の医師たちの手術は血管の切り口がぐちゃぐちゃで、患者の体内はナポリタンの食べ残しのようだったが。
2人の患者を執刀したにもかかわらず、移植手術はわずか3時間で終わった。驚愕の速さだ。この手術を見て確信した。万波バッシングは、手術が下手な大学教授の妬みによるものだと。
(那須優子/医療ジャーナリスト)