手紙を李氏らに託しためぐみさんは89年当時、24歳ということになる。めぐみさんは86年に韓国人拉致被害者の金英男(キム・ヨンナム)氏と結婚、その後、女児を出産したとされる。それがキム・ウンギョンさんだ。
02年の小泉訪朝後、帰国した拉致被害者の蓮池薫氏らは、めぐみさんに関してこんな証言をしたことがある。
「めぐみさんが結婚した頃から94年頃まで、同じ地区の招待所で暮らしていた。めぐみさんは90年代に入ると、『日本に帰りたい』と盛んに訴えていた。招待所を無断で離れ、歩きだしたところで連れ戻されたこともあった」
ただ、李氏らに託した手紙には「助けてほしい」や「拉致された」という記述はなく、自分が置かれた状況を両親に伝え、安心させたいという意図が見えるものだったという。
手紙を読んだ李氏らが、やはり「これはとても北朝鮮からは郵送できない」と判断したのは当然のことだった。封筒には、めぐみさんの両親である横田滋・早紀江さん夫妻の宛名が書かれてあった。「李氏らが日本に帰国した際に投函してほしい」ということだったのだ。
「手紙は朴さんが『俺に任せてくれ』と言って持っていったと思う。彼がその後、本当に日本に行って投函したかどうかはわからないけど、現実的に行くことはできないでしょう。脱北するしか手だてはないわけですから。あれから我々3人もちりぢりになり、つきあいもなくなっていった。手紙がどうなっているのか、残念ながらもうわかりません」(李氏)
もし手紙を託した相手が運よく、世界青年学生祭典後に日本に戻る選手、交流団、あるいは関係者だったとしたら──。
だが、はたして両親のもとに届けられたかどうか、めぐみさんにも確認するすべはなかったに違いない。
北朝鮮は「めぐみさんは94年4月に自殺した」と発表。元夫の金英男氏も06年に平壌で会見を開き、北朝鮮の主張に沿った証言を繰り返した。北朝鮮はめぐみさんの「遺骨」も出してきたが、DNA鑑定で「ニセモノ=別人の骨」であることが判明している。北氏が解説する。
「北朝鮮はかねてから、横田さん夫妻に『平壌までお越し願いたい』と言い続け、日本政府は『第三国で』と主張してきた。北朝鮮は『めぐみさんは死んだ』という状況証拠を積み上げ、横田さん夫妻、そして日本の大衆を納得させたい。そのためには孫娘(キム・ウンギョンさん)に母(めぐみさん)のことを語らせ、元夫にも語らせ、めぐみさんが生活していた空間を横田さん夫妻に見てもらい、死亡を納得してもらう。それが狙いです」