首都直下地震をはじめとする直下型の大地震が発生した際、タワーマンションに象徴される高層建築物を倒壊させる第1のリスクは、専門家の間で「長周期パルス」と呼ばれている未知の地震波である。
この長周期パルスが日本国内で初めて観測されたのは、2016年に発生した熊本地震(本震、マグニチュード7.3)でのことだった。
観測地点は熊本県西原村(震度7)。この時、地震工学や建築工学の専門家らは、一様に度胆を抜かれた。それまで台湾などで観測例の報告こそあったが、国内で起こる直下型地震の断層上で長周期パルスが実測されるとは、誰も想像していなかったからである。
しかも、その後のコンピューター解析によって、長周期パルスはタワマンなどの高層建築物に壊滅的な被害をもたらしかねない恐怖の地震波である、との驚愕の事実が明らかになったのだ。地震工学の専門家が明かす。
「西原村で観測された長周期パルスの周期(揺れが1往復する時間)は約3秒。実際の地震動としては、フリングステップ(断層のズレに伴って地面が一方向に大きく動く揺れ)と指向性パルス(フリングステップの直交方向で合成される往復の揺れ)と呼ばれる、2つの揺れが検出されました。そしてこの2つの揺れを高さ120メートルの高層建築物で再現したモデル実験では、長周期パルスがもたらす地震動による建物の変位は、いずれも建物の耐震限界をはるかに超えていたのです」
加えて、長周期パルスが観測された熊本地震本震のマグニチュードは、政府(内閣府)が約10年ぶりとなる被害想定の見直しに着手する首都直下地震のうち、奇しくも最大の被害が想定される都心南部直下地震のマグニチュードと、全く同じなのだ。建築工学の専門家が畳みかける。
「建物の直下にある断層、ないしは地表の断層が動く、震源の浅い直下型の大地震で、周期3秒前後の長周期パルスが発生した場合、高層建築物は最初の揺れから数秒後の一撃で躯体に大損傷を受け、十数秒後には倒壊、または全壊してしまう危険性があります。この場合、長周期パルスによる建物の変位は急速かつ急激であるため、揺れを減殺する制震ダンパーもほとんど役に立たないでしょう」
この一事をもってしても、タワマンの安全神話は崩れ去ったと言っていい。(つづく)
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。