12月8日から公開された映画「市子」(監督・戸田彬弘)は、一人の女性の切なくも壮絶な人生を描いた秀作だ。杉咲花の市子役になりきった迫真の演技を見るだけでも価値がある。
原作は戸田監督が主宰する「劇団チーズtheater」の2015年旗揚げ作品「川辺市子のために」。観客から熱い支持を受けて2度再演された、その人気舞台を映画化したものだ。
市子は、同棲中の恋人・長谷川義則(若葉竜也)から結婚の申し込みを受けた翌日に突如失踪。長谷川は行方を追い、これまで市子と関わりがあった人々から証言を得ていくと、彼女の底知れない人物像と切なくも衝撃的な真実が次々と浮かび上がってくる。それらの証言をもとにして話が進んで行くように、各章ごとに登場人物が変わり、彼らの視点から市子を見つめていくミステリアスな仕上がりになっている。そして、その時々の市子の姿が鮮明に映し出されていく。
市子が生きてきた場所や時代背景を生かしながら、視点の違う各章が一つになっていく構成が見事。戸田監督はこの作品を作るにあたって黒澤明監督の名作「羅生門」を参考にしたようだが、その作劇の方法を生かしながらしっかりと自分の世界を作り出している。
もちろん、幾多の苦難を乗り越え必死に生き抜いていく姿を演じた杉咲の好演があって、いい作品になったのは言うまでもない。
「杉咲は子役時代を含めると15年以上も役者として活動しており、出演作は数多い。どんな役でもこなせる器用な女優だが、器用貧乏なところがあっていまひとつパンチに欠けるところがあった。映画で言えば、宮沢りえの娘役を演じた『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年)ぐらいしかすぐに思い浮かんでこない。しかし今度の『市子』には心底圧倒された。彼女が精魂尽き果てるまで心血を注いだと言うのも、決してオーバーではない。間違いなく女優賞に値する演技だと思う」(映画関係者)
今年は「月」や「正欲」といった見応えのある邦画が何本かあったが、その中でも一番インパクトがあるのがこの作品。オススメしたい。
(映画ライター・若月祐二)