体の一部に少し違和感がある程度でも、試合や練習を休むのが今のサッカーの常識になっているが、昔はまったく違っていた。日本代表でヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)の黄金期を支えた都並敏史氏と柱谷哲二氏、北澤豪氏、松木安太郎氏が、YouTubeチャンネル「おじさんだけど、遊んでもいいですか」で、現役時代のとんでもないケガ事情を明らかにした。
最も壮絶なケガ体験をしたのは都並氏。左足首を亀裂骨折したまま、W杯アメリカ大会のアジア最終予選に招集された。都並氏が振り返る。
「レントゲンに太い線が出ていて、完全に折れていた。そうだよな、俺が痛いぐらいだから折れてるよな、と思った。そんな状態だから、代表に行かない方がいい。オフトさんに電話したら『絶対に来い』って話になった。監督をしている親友に相談したら『監督としては、お前が1戦目に出ると相手に思わせたい。とりあえず行くのは意味がある』と言われて、(初戦の)サウジ戦は騙せるなと思って行くことを決めた。行けば壊れるのはわかっていたので、カミさんに行った方がいいか聞いたら『当たり前でしょ。行きなさいよ』って。カミさん、日体大(出身)だから(笑)」
こうして代表に参加すると、オフト監督から「You are normal」と言われ、戦う気持ちになったという。相手を騙すには練習をするしかなく、麻酔を打ちながら練習に参加していたと明かした
松木氏は右足の親指を骨折したが、ポジションを奪われるのを恐れ、隠しながらプレー。指を綿でぐるぐる巻きにして、右足だけ1サイズ大きなスパイクを履き、試合に出場したとか。
オフトジャパンでキャプテンを務めた柱谷氏は、最終予選の前にウイルス性の風邪による肝炎を患い、体調が万全ではないまま試合に出場。さらに頬骨を折っても試合を続けたことがあると言う。
「手術が終わって、ドクターにこれで大丈夫なのか聞いたら『また手術すればいいんじゃない』って(笑)」
と笑い飛ばした。さらに北澤氏も、
「試合中に目尻を切って、ハーフタイムに縫ってもらったら、目が閉じなくなった。ドクターに目が閉じないことを伝えたら『大丈夫。開きっぱなしでやりなさい』と言われた」
いずれも爆笑もののエピソードだが、当時はそんなドクターばかりだったとか。今では笑い話ながら、令和の時代にはあってはならないことだろう。
(鈴木誠)