顕微鏡でしか見えない0.5ミリという小さな体でありながら、凍える寒さの中では老化を停止し、人間の致死量の1000倍もの放射線を浴びても死ぬことはない。それが最強生物として知られる「クマムシ」だ。もうすっかり姿を見なくなった、「あったかいんだからぁ」の2人ではない。
クマムシはなぜ、大量の放射線を浴びても死なないのか。そのメカニズムに迫った論文が、学術誌「カレント・バイオロジー」に掲載された。サイエンスライターが解説する。
「クマムシはヒマラヤ山脈の頂上にもいれば、水深4000メートルの深海でも発見されている極めて珍しい生物で、マイナス270度の低温から150度の高温、真空状態あるいは宇宙空間でも生存が可能です。しかも何十年もの間、食べ物や水なしで過ごすことができる。これは水分含有量を通常の1%以下に減らすことで乾眠状態に入り、実質的な代謝活動を停止させることが可能だからだ。それが生物界で最強と呼ばれるゆえんです」
放射線に対しても驚異の耐久性を持ち、通常の生物を死に至らしめる放射線量10グレイの1000倍以上を浴びても問題ない。
「今回発表された論文によれば、クマムシには自身のDNAを修復させる強力な能力がある。それにより、放射線によるDNA損傷を瞬時にして治す可能性があることがわかりました」(前出・サイエンスライター)
そうなると俄然、気になってくるのが、2019年4月に月面衝突した民間の無人月面探査機「ベレシート」に搭載されていたクマムシ数千匹の、生存の行方だ。
「同機はイスラエルの民間宇宙団体『スペースIL』が打ち上げたもので、ヒトのDNAサンプルとクマムシを搭乗していました。しかし、月面から高度150メートルの高さを時速500キロで飛行中、月面に激突し、木っ端微塵に砕け散った。クマムシは銃弾に込められた発射実験で、時速2600キロの衝撃に耐えられることが確認されているため、衝撃で絶滅した可能性は低い。とはいえ、宇宙から降り注ぐガンマ線を浴び続け、はたして生き延びることができるのかと、いう指摘もありました。しかし、クマムシが放射線によるDNA損傷を修復させる機能を持っているなら、現在も生存している可能性があります」(前出・サイエンスライター)
ただ、月で水分を得ることは容易でないため、現段階で仮に生存していたとしても、今後それが継続するかどうかについては、専門家によって意見が分かれるところだ。
体内の水分の95%を失っても代謝を停止させ乾眠状態に入ることで、再び目覚めるという史上最強生物。研究者らは数年、数十年後に再び月で発見されることがあるかもしれないクマムシの生存に、期待を膨らませている。
(ジョン・ドゥ)