5月29日放送のNHK連続テレビ小説「虎に翼」第43回が、視聴者を戸惑わせている。その説明には、この日のストーリーを追うことが必要だろう。
父・猪爪直言(岡部たかし)が半年もの間、夫・佐田優三(仲野太賀)の死亡通知を隠し持っていたことを知ってしまった主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)は、暗たんたる気持ちになっていた。
猪爪家では長男の直道(上川周作)が戦死、長女の寅子の夫・優三が戦病死と立て続けに不幸が訪れ、さらには父が栄養失調と肺炎で「もう長くはない」と告げられたのだ。
父はなぜ、優三の死を隠していたのか。心のもやもやを話せずにいた寅子の気持ちを察したのは、直道の嫁で寅子の女学校時代の同級生であった花江(森田望智)だった。直言が死の床に家族を集めた場で、花江は寅子に対し心の内を話すべきだと諭したのだ。
すると、直言は「優三君のこと、すぐに伝えられなくてごめん」と平謝りをした。その理由について、「今、トラが倒れたらうちは…我が家が駄目になると思って、そう思って言えなかった」と語ったのだ。
ところが、直言は「時間が経てば経つほど話しづらくなって…。トラの仕事が決まったらと思ってたけど、なかなか決まらないし…」と続け、まるで話せなかったのは寅子のせいだと言わんばかりな論調になった。
これにカチンときた花江にツッコまれると、直言は「俺はこの通り、弱い駄目な愚かな男なんだ。俺がもっともっとしっかりした男だったら…」と自虐気味に話し始めた。ところが、ここからの父親によるぶっちゃけ話が視聴者を完全に置き去りにしてしまったのだ。
直言が続けざまに放ったのは「トラが結婚したとき、正直、優三君かぁ…とは思った」「(寅子の結婚相手は)花岡君(岩田剛典)がいいなぁと思ってた」「花岡君の下宿先を見に行ったこともある」など。まさに余計な一言の連続だが、ア然とする寅子などおかまいなしに、直言のぶっちゃけはどとまる気配を見せない。
「(妻の)はるさん(石田ゆり子)が怖くて、残業ってウソついて飲みに行った」「花江ちゃんがどんどん強くなって、嫌だなと思ったこともある」「(寅子の娘の)優未を高い高いした時、鴨居に頭をぶつけてしまったことを黙っていた、ごめん」と、まるでドタバタのコメディ劇を見ているような様相となった。エンタメ誌ライターも苦笑いだ。
「いきなり始まったコント展開に視聴者が戸惑うのは当然。キャストも脚本を見て驚いたのではないでしょうか。しかし、このような演出になった理由は考えられます。ドラマは家族の死が続き、ムードが重苦しくなっていました。さらに直言の死が重なれば、ますます空気は重くなる。そうは言っても、人々が気軽に楽しむ朝ドラです。父の死の場面を少しでも笑いに変えることで、視聴者をこれ以上、重苦しい気分にさせたくなかったのではないでしょうか」(テレビ誌ライター)
その後、直言の死はナレーションベースで語られて幕を閉じる。3人の家族を立て続けに失った猪爪家ではあったが、決しておちゃらけてストーリーが壊れたわけではない。確かに驚きの展開ではあったが、父・直言との別れのシーンを突拍子もなく明るく描いたことで、救われた視聴者は少なくなかったのではないだろうか。
(石見剣)