綿矢 この本は、初めにAmazonのオーディオブック「Audible」で俳優の千葉雄大さんが朗読したものを出され、その後、書籍化したとのことですが、耳から聞いても目で読んでもすごく心にしみました。
吉本 朗読は「千葉雄大さんがいい」って伝えたら、読んでくださることになりました。はじめから聞き書きで抽出した部分を私が大幅に改稿する本になっています。
綿矢 千葉さんの声は脳に直接届く感じがして、寝転がって聞いていると、すごく癒やされました。
吉本 私もとても感動しました。
綿矢 この本もそうですけど、吉本さんの作品は、わかりやすい言葉で人の心に呼びかけて、ゆっくり心にしみ込んで癒やすような文章だと感じます。どんな風にして身につけられたんでしょう?
吉本 例えば小説では、なるべく事件とか恋愛のアップダウンを書かないようにしています。そういう出来事を書くと、どうしてもそちらに気が取られちゃうので、潜在意識の流れにちょっとだけ揺れを与えて、読んだ後に少し癒やされるような文章を書くことに心を砕いています。
綿矢 潜在意識は、誰もが持っているようなものですか?
吉本 はい。みんなが持っているものです。読んでくださった方が、生きているうちにちょっとたまってしまったカスみたいなものを少し流すことができて「あれ? 少し楽になった」と感じてもらえる‥‥。そんな役割ができたらいいなと思っています。
綿矢 ところで、お父様の吉本隆明さんは「人生の流れは向こうから来るのと自分から行くのが50%ぐらいずつがちょうどいいんだ」と、よく言われていたそうですが。
吉本 そうですね。「自分の意思とか考えが50、人生の流れみたいなものが50、その折り合う地点みたいなところで、バランスを取っていると、ちょうどいい」と言っていました。自分で完璧にコントロールしようとすると、頑張っているはずなのに満たされなくて、いつまでたっても幸せを感じられないんだと思います。
ゲスト:吉本ばなな(よしもと・ばなな)1964年、東京生まれ。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30カ国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。近著に『下町サイキック』。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。
聞き手:綿矢りさ(わたや・りさ)1984年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。01年『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞。12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞、19年『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞を受賞。『勝手にふるえてろ』など著書多数。