名越 薮中さんはこの本の中で、聖徳太子の外交手腕を高く評価されていますね。
薮中 はい。飛鳥時代と今の状況がよく似ていると思いました。
名越 時代を超えて学べるところがとても興味深かったです。
薮中 6世紀に隋という大国が急に誕生しました。そこで日本は遣隋使を派遣し、一応敬意を表しつつ、有名な「日出るところの天子」云々と、対等の関係を模索しました。
名越 隋は大国だから、日本としてはどう向き合うかについて考えたんですね。
薮中 2010年代以降、中国は急激に大国になりました。日本がどう向き合っていくかという時に、一定の相手への敬意を表しながらも、うまく取り仕切った聖徳太子の知恵は、とても参考になると思います。
名越 台湾の状況についてもお聞きしたい。いわゆる「台湾有事」に関してはどう考えますか。
薮中 「台湾有事」の備えはもちろん必要ですが、軍事侵攻してくる中国に、台湾と米国が一緒に戦うかという話ですから、大変な話です。
名越 27年までには中国軍が台湾に侵攻できる能力を完成させる計画だろうと、米のインド太平洋軍司令官が上院議会で話しています。
薮中 司令官は退役直前で、上院の軍事委員会で予算を獲得する狙いもあったでしょう。5月に就任する台湾の頼清徳総統は独立派ですが、今、独立の話は一切しません。また、台湾に住む6割以上の人が現状維持を望んでいますが、それは、もし独立となると、絶対に中国が攻めてくるとわかっているからです。
名越 日本が突出して台湾有事を恐れているんですね。
薮中 米中間でも、米国は「競争はしても対立はしない」と言っています。こうした状況を見極めつつ、日本は冷静に対応すべきです。
名越 最後にお聞きします。今後の日本が目指す安全保障は、どのような形が望ましいと思われますか。
薮中 外交は国内のムードや政治家の都合ではなく、冷徹な目を持って進めるべきです。具体的には、「強固な日米同盟関係を見せつける」「日本の防衛力の整備と強化」「平和を作る外交」の三本柱で取り組んでほしいです。日本の安全確保のためには、戦争を抑止して日本への攻撃をなくすことが大切なので、特に「平和を作る外交」が必要不可欠と考えています。
ゲスト:薮中三十二(やぶなか・みとじ)元外務省事務次官。1948年大阪府生まれ。大阪大学法学部中退、米コーネル大学卒業。北米局課長時代に日米構造協議を担当。アジア大洋州局長として六カ国協議の日本代表を務め、北朝鮮の核や拉致問題の交渉にあたる。経済・政治担当外務審議官、外務事務次官を経て10年に顧問に就任。現在、大阪大学特任教授、グローバル寺子屋「薮中塾」で若者を指導。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。