「現実主義の避戦論 戦争を回避する外交の力」薮中三十二/1815円・PHP研究所
「ウクライナ侵攻は外交で止めるチャンスはあった」─。日米・日中交渉、北朝鮮の核ミサイル、拉致問題の交渉で最前線に立ち続け「ミスター外交」と呼ばれた元外務省事務次官・薮中三十二氏が本書「現実主義の避戦論」で平和外交論を説く‼
名越 薮中さんといえば、外務次官(08~10年)まで務められ、常に外務省の中枢で活躍された方です。本書では、これまでの日本の安全保障政策や、戦争を避けるための平和外交論などが語られています。執筆の動機を教えてください。
薮中 22年のウクライナ侵攻を機に戦争に関する多くの書籍が出版されましたが、その大半が日本も戦争に備えて戦力を補強するべきといった内容で、ウクライナ侵攻につき、外交で止められる可能性については誰も言及していませんでした。私は少なくとも外交で止めるチャンスはあったと思っています。
名越 薮中さんがアジア大洋州局長時代(02~05年)、北朝鮮核問題の「六カ国協議」で日本代表として尽力された姿が印象に残っています。当時の北朝鮮との交渉はどのような状況でしたか。
薮中 私は日本、米国、中国、ロシア、韓国、北朝鮮による「六カ国協議」の立ち上げから関わりました。05年9月の4回目の協議で、北朝鮮の核兵器放棄がようやくまとまりました。そこに至ることができたのは、前年5月に当時の小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記が核について激しく討論したことも寄与したと思っています。
名越 そのテーブルには薮中さんもいましたか。
薮中 はい。金総書記が「核兵器は無用の長物だが、米国が自分らを敵視するから仕方なく持っている」と言うと、小泉首相は「そんなことはない。アメリカは敵視していない。ブッシュ大統領と会うから伝える」と答えたのです。これに北朝鮮は安心したのか、翌年9月に核兵器の放棄を約束しました。
名越 過去の北朝鮮との関係を考えると快挙ですよね。
薮中 ところが同年9月、米国の財務省が、約2500万ドルの金総書記の銀行口座をマネーロンダリングの疑いで凍結しました。これで北朝鮮は「やはり敵視されている」と感じたのか06年に核実験を実施。現在までに6回も行っています。
名越 薮中さんは拉致問題にも深く関わられています。
薮中 私は責任者の一人でした。02年9月に金総書記は拉致を謝罪し、5人の被害者が帰国できました。そして04年11月に真相究明のため訪朝し、横田めぐみさんのものとされる遺骨を持ち帰りましたが、めぐみさんとは別人という鑑定結果が出されました。被害者らが亡くなったとする経緯など、北朝鮮側の説明はまったく信用できません。
名越 最近、日朝首脳会談の開催が噂されていますが、実現はしそうでしょうか。
薮中 金正恩総書記の実妹である金与正氏は「もう拉致問題は解決済みという前提であれば、お会いしますよ」というスタンスだと言っています。日本としては絶対にそこは譲れません。厳しいですが、粘り強くやるしかありません。
ゲスト:薮中三十二(やぶなか・みとじ)元外務省事務次官。1948年大阪府生まれ。大阪大学法学部中退、米コーネル大学卒業。北米局課長時代に日米構造協議を担当。アジア大洋州局長として六カ国協議の日本代表を務め、北朝鮮の核や拉致問題の交渉にあたる。経済・政治担当外務審議官、外務事務次官を経て10年に顧問に就任。現在、大阪大学特任教授、グローバル寺子屋「薮中塾」で若者を指導。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。