昨年の芸能界を震撼させた「島田紳助引退劇」後に、施行された暴排条例。ヤクザ対市民の全面対決の構図は今後、日本に何をもたらすのか──。ヤクザ事情に精通したジャーナリスト・猪野健治氏が警鐘を鳴らす。
今回の「暴排条例」が、従来の刑法体系から決定的に逸脱しているのは、ヤクザを取り締まるこれまでの暴力団対策法や組織犯罪処罰法が、傘下組員の抗争やしのぎ上で一般市民へ被害を与えるなどの違法行為が起きたあと、その組織を取り締まるという「罪刑法定主義」を逸脱。「暴力団員」であるだけで一般社会からあらゆる“サービス”を受けることができなくなるおそれがある、という点です。
つまり暴力団排除という美名の下、ヤクザは人にあらず、と行政が宣告した平成の“身分法”と言える。
暴力団は最終的に偽装解散するなりして表面的には社会から排除されうるが、ヤクザ個人は欧米のマフィアと違い市民社会の中で共存している。例えば、家庭持ちのヤクザなら妻が保護者会に入っていたり、本人も町の自治会やマンションの管理組合に入っていたりする。ヤクザであっても居住地で生活し、住民税など税金を納めている者も少なくない。前科もなく社会に溶け込んでいる者もいる。
そうした人間も組員というだけで自治会や管理組合から“排除”するのか。これは一般市民にとっても頭の痛い問題になるはずです。
例えば、組員の家庭ゴミ収集は利益供与となるから受け付けない。そんな冗談のような話が現実になる。極端な清潔主義が蔓延する可能性も否定できません。
すでに全国の祭礼からテキヤが排除され、ヤクザの葬式を受け入れた葬祭業者が利益供与の勧告を受けている。氏素性問わず「仏様」を差別しないはずの宗教界も、ヤクザの法要を拒絶する方針を示しました。江戸時代の「人別帳」にも似た「明るい差別社会」をお上が助長しているのが現状です。こうなると、ヤクザは人権問題に敏感なキリスト教かイスラム教に改宗せざるをえないかもしれません。
第2の問題は、土建、不動産業界をはじめヤクザと接する機会が多い金融、飲食・風俗業などでカタギがヤクザ排除の矢面に立たされる点です。自治会のような問題がこれらの業種で起きてくる。そこで、〝指導〟という形で警察当局に後押しされた暴追センターなどがこれまで以上に民間業者や町内会など市民社会に台頭してくる。例えば、「暴排条項」を業界ルールとして受け入れているゴルフ業界への天下りが増えることなども容易に想像できます。
第3の問題は、ヤクザが排除された繁華街の秩序を誰が守るのかです。現に、最近、六本木で山口組系幹部が愚連隊の襲撃を受ける事件が発生しましたが、発端は末端の半カタギ同士のささいなトラブルだったそうです。それが日本を代表する繁華街での愚連隊側の一方的襲撃事件へと発展してしまう。組織の抑えがきかなくなった街の治安の推移を注意深く見ていかなければなりませんが、恐らく条例や組対法、組織トップへの「使用者責任」訴訟などにがんじがらめにされた組織側からの報復は考えにくい。半カタギ集団は指定組織でないから捜査当局もその全容はつかめない。
ヤクザのいない“清潔で不気味な社会”へと日本は突き進んでいるんです。
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