筆者がかつて松竹映画「上海バンスキング」の上海ロケに同行したのは、1984年だった。超高層ビルが建ち並び、国際的な経済都市となった現在の上海からは想像もできないが、当時は5階建ての古びたデパートがある程度で、日本で言えば1950代のような光景。道路には車があまり走っておらず、移動手段は自転車が中心だった。朝と夕方にはそれこそ何千人、何万人という自転車に乗った人々で、道路が埋め尽くされた。
まだまだ経済的には発展途上だったものの、何かを吸収しようとする強い思いを感じた。街中でロケが行われると、それこそ何百人もの現地民が集まった。真剣な眼差しでロケを凝視する表情は、単なる野次馬ではなかった。とにかく、何かを学ぼうとする意欲があった。人々は決して裕福ではないが、街は熱気であふれ、大量のマグマが噴出する寸前のようでもあった。
そんな上海の街中でのロケを終えた夜、現地のホテルで主演の風間杜夫、松坂慶子らが出席し、記者会見が行われた。特に印象に残っているのが、興奮した風間の様子だ。
当時、35歳前後だったと思う。彼は紅潮した顔で言った。
「こんなにも熱気やエネルギーを感じたことはありません。ボクは今、非常に興奮しています!」
普段は無口でシャイな風間の発言に、松竹の関係者が、
「彼がこんなに感情を露わしたのを初めて見た」
と驚きの声を上げたほどだ。
当時の中国は親日国であり、筆者が夜の上海を歩いていると「日本人ですか」「私は今、日本語を学んでいます。話をしてください」などと、たどたどしい日本語で声をかけられたものだ。
今では中国の脅威や横暴ぶりばかりがニュースになるが、そのたびにあの当時の上海の人々の顔や街並み、興奮した風間の顔が浮かんでくるのだ。
(升田幸一)