綿矢 本書では、おいしい食べ物もたくさん出てきます。最近、おいしいと思ったものを教えていただけますか。
山田 小さい頃、母が作ってくれた鶏肉の料理について書いたエッセイがあります。それを読んだ料理家の今井真実さんが、その料理を再現してくれたんです。見た目も味もそのままで、舌にも心にもおいしく感じましたね。
綿矢 山田先生もお料理が得意ですが、今、凝っているものはありますか。
山田 最近は歳のせいか億劫になって。お友達が来た時などは、調味料2つだけ使った〝手抜き料理〟を出しています。鯛のお刺身に、ゆかりとオリーブオイルをかけたカルパッチョや、しゃぶしゃぶにした豚肉を柚子胡椒とポン酢であえた料理は評判がよかったです。
綿矢 どちらも、とてもおいしそうです。
山田 料理が好きな作家は多いですね。女性の作家は料理の描写を重要視する人と、洋服の描写を重視する人に分かれるみたいに思います。私は料理のタイプですが、りさちゃんも料理はするでしょ?
綿矢 作るんですけれど、よく失敗するタイプですね(笑)。山田先生が尊敬されている宇野千代先生もお料理が得意でした。私も宇野先生の作品がとても好きなのですが、素顔はどんな方でしたか。
山田 永遠に不良少女みたいで、すごくチャーミングな方でした。お宅にはいろんな骨董品が置いてあって「これは誰々、こっちは誰々からもらった」と、谷崎潤一郎先生をはじめ、名だたる文豪や評論家の名前が出てきました。今で言う「匂わせ」に満ちている人で、話を聞いているだけでおもしろかったです。
綿矢 宇野先生の魅力の核は、なんだと思いますか?
山田 小説に集約されていると思います。小説を書いている時には、自分1人の自由な世界があるということをよく知っている人。そして、自分の色恋をそのまま書くのではなく、きちんと文章の修養も積んで表現されていました。それが自信に繫がって、どんなことがあっても背筋を伸ばしていたんだろうなと思います。そういえば、りさちゃん、宇野千代さんの着物を着て雑誌に出ていましたね。
綿矢 お恥ずかしい。宇野先生が作られた着物が、メルカリなどで売られているので集めています。私のような大ファンからすると、実際に宇野先生にお会いした方は、すごく貴重な存在です。
山田 私がデビューした時、周りは大文豪と言われるような人たちばかりでした。いつの間にか、実際に会ったことがあるのが私1人になってきてしまいました。宇野先生もその1人ですね。
綿矢 この本にある旅を愛した作家・檀一雄さんの「天然の旅情」という言葉から、小学生時代を過ごした静岡県磐田市を思い出されているエッセイがとても印象的でした。「天然の旅情」と磐田市は山田先生の中でどう結びついているのでしょう?
山田 ふと「この匂い、どこかで嗅いだことがある」「この音楽、聞いたことがある」と感じるのは、子供の頃の経験からきていることが多いんです。「インナートリップ」っていうのかな? 自分の中だけで旅をするような感じです。
綿矢 お父さまの転勤で転校が多かったことも影響していますか?
山田 大きいと思います。方言があったりするとまるで外国に行ったような違和感がありました。「生きていくこと自体が毎日旅するようなことなんだな」と思います。
ゲスト:山田詠美(やまだ・えいみ)1959年東京都生まれ。85年「ベッドタイムアイズ」で文藝賞を受賞しデビュー。87年「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞、96年「アニマル・ロジック」で泉鏡花文学賞、01年「A2Z」で読売文学賞、05年「風味絶佳」で谷崎潤一郎賞、12年「ジェントルマン」で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞を受賞。
聞き手:綿矢りさ(わたや・りさ)1984年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。01年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。04年「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。12年「かわいそうだね?」で大江健三郎賞、19年「生のみ生のままで」で島清恋愛文学賞を受賞。「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」など著書多数。