綿矢 水上勉先生、河野多惠子先生、田辺聖子先生などへの追悼文も収められています。どのようなお気持ちで書かれたんですか。
山田 お引き受けしたからには、私なりに一番いい形で、私でなければ書けないようなことを書こう、と思いました。「送り出す」という意味もあるし、追悼文を書くことで「この人は永遠に死なないんじゃないか。私の心の中にずっと生きているんじゃないか」という思いも込めて書いています。
綿矢 悲しさに浸りすぎないで、とても敬意を払われている印象を受けました。
山田 追悼文は私が好きになった人しか引き受けていません。私にいろいろ教えてくれた人たち、そして、私よりも早く亡くなった人たちに「私でよければちゃんと形に残します」という奉仕のような気持ちでもあります。
綿矢 今後、書きたいテーマを教えていただけますか。
山田 「来年はこれを書こう」と思っても、日本は天災が多いですし、戦争が起こるかもしれません。私は、ほとんど未来に展望を持てないんです。だから、今書いてる作品のことしか考えないことにしています。
綿矢 本書では本もたくさん紹介されています。どれもおもしろかったのですが、普段はどのように本を選ばれていますか。
山田 ネットで買うこともありますけど、書店をクルージングするのがすごく好きなんです。そうすると「あ、この本、私を呼んでる。私と出会うためにここにあるんだ」というような本があって、それを買います。そうして選んだ本は、人に勧められた本よりもおもしろいんです。
綿矢 直感で選ばれるんですね。最後の質問になりますが、あとがきに「タイムパフォーマンスという言葉が嫌い」と書かれています。現代社会で「タイパ」が重要視されていることについてどう思われますか。
山田 昔から時間を節約して、何かやっていないと落ち着かない人たちと、のんびりしていて「早くしなさい、愚図なんだから」と言われ続けてきた人もいます。でも、それを世代論にするのは問題だと思っています。
その人その人で時間の使い方は違うし、本当に好きなことをやっている人は「タイパ」なんて言わないでしょう? 世の中がそっちの方向に進んでいくのは、すごく怖いことだと思います。
綿矢 確かにそうですね。
山田 「タイパ」を重視したい人がやればいいのであって、文化的な問題にまで持ってくるのは間違っているんじゃないかな。私の作家生活は「タイパ」とは対極にあります。お金と時間をムダ遣いした方がいい文化が生まれると思っています。
綿矢 先生は本の中で「美しい無駄」と表現されていますが、この本を読むと本当にそう感じます。今日は仕事ということを忘れて、生徒のような気持ちになって勉強させていただきました。
山田 いえいえ。次は泉鏡花文学賞の選考会で会いましょうね。
綿矢 はい、楽しみにしています。
ゲスト:山田詠美(やまだ・えいみ)1959年東京都生まれ。85年「ベッドタイムアイズ」で文藝賞を受賞しデビュー。87年「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞、96年「アニマル・ロジック」で泉鏡花文学賞、01年「A2Z」で読売文学賞、05年「風味絶佳」で谷崎潤一郎賞、12年「ジェントルマン」で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞を受賞。
聞き手:綿矢りさ(わたや・りさ)1984年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。01年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。04年「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。12年「かわいそうだね?」で大江健三郎賞、19年「生のみ生のままで」で島清恋愛文学賞を受賞。「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」など著書多数。