この70年代は“愛”につまずくエリートや芸能人も目立った。
73年9月20日号が取材しているのは、38歳の立教大学・大場啓仁(おおばひろよし)助教授が妻子4人で伊豆半島の石廊崎(いろうざき)から飛び降り心中をした事件だ。自ら死を選んだ原因は大場助教授が教え子の女子学生(24)との関係の清算に失敗、彼女を殺害したことが発覚したためだった。
76年5月、芸能人による愛人殺人という前代未聞の事件が発覚、逮捕されたのが歌手の克美茂だった。落ちてきた人気を取り戻そうと、音楽関係者への接待を続けた克美は、借金がかさむ。そこで、愛人の銀座の人気ホステスをトルコ風呂で働かせ貢がせていたが、妻子がいたことがバレると、カムバックの足手まといになるとして絞殺。羽田空港に駐車した車のトランクから遺体が発見され、逮捕された。5月27日号の総力特集は、その詳細を伝えている。
この総力特集はまた、落ち目になった芸能人の“アセリ”にも焦点を当てている。
〈「雨に咲く花」のヒットをとばした井上ひろしさんも──、
「ボクも(克美と)同じですけど、スターの座からだんだん落ちていくと、アセリが生じるんですよね。そういうとき(再起の)チャンスが訪れれば、これはもう万難を排して死にもの狂いになる。なにか障害があれば、それを踏み倒してでもやる。そういう意味では、ボク、こういう事件が起こるのもわかるようなきがするんです」〉
率直なコメントである。それだけに、浮沈の激しい芸能界はつねに“第2の克美茂”の危険性を秘めている。いや、「殺人」までいかなければ、すでに第2、第3……の克美はすでに生まれているはずだ。