あくまで前座として、立川談春さんの独演会に落語を披露すべく17時半に国立演芸場に入られた殿は、畳の楽屋にあぐらをかく形で腰を下ろすと、
「マクラで何話すか?」
と、わたくしに問うてきたのです。
「殿、やっぱり“浅草のターザン”とか“アトム”とか、あの辺の話は鉄板ですよ」と図々しくも、“たけしが修行時代に見た「浅草変人烈伝漫談」をやるべき”といった推奨をすると、殿は“やっぱりお前もそれを推すか”といった表情で、1度ニヤリとされると、すぐに下を向き、畳を見つめながらネタの復唱を開始されたのです。
そして、本番までに2度程トイレに立った殿は、そのつど、流しにある鏡の前でたっぷりと時間かけ、その日演じた「野ざらし」の練習をされていました。間違いなくこの日の殿は、アガッていたのです。
さて、時刻が18時半を回り、談春さんが20分程近況を交えた漫談をされて舞台を去ると、出囃子に乗って、前座の立川梅春こと、ビートたけしがブラウンの着物をまとって舞台へ──。
完全なサプライズでの“生”たけしの出現に、満員の客席は見事なまでにどっと沸いていました。
で、座布団に座り、ゆっくりと深くお辞儀をされ、予定どおりマクラで浅草変人烈伝を披露された殿は、会場をしっかりと笑いの海に包み込むと、ノッてきたのか、きっと、殿の中で予定になかったはずの、「オイラが見た、スーパースター長嶋茂雄漫談」までも披露されたのです。もちろんこちらも“気持ちよく爆笑”を取った後、実にスムーズに「野ざらし」へと入っていかれたのでした。
時間にして6分程、「野ざらし」を楽しそうに、ノリノリで演じていた殿でしたが、話の半ばで唐突に、
「これから先は、また来週でございます」
と、お辞儀をすると、余韻をたっぷりと残し舞台を降りたのです。この日の殿は、演出として、あえて最後の“サゲ”までやらない選択をされたのでした。
舞台袖へ戻ってきた殿は開口一番、
「どうだ、ちゃんと落語になってたか?」
と、本日の出来について、なんともチャーミングな確認をされると、
「まーとりあえずは大丈夫か?」
と、ご自分に言い聞かせるよう、大きめの独り言をはっきりと吐かれたのです。
で、すぐに談春さんと一緒に再度舞台に登場されると、客席にいらした、高田文夫先生と今田耕司さんのおふたりも舞台に上がることとなり、突如として、談春さん、高田先生、今田さん、そして殿といった4人による、贅沢極まりないクロストークが展開されたのです。クロストークを終え、楽屋に戻った殿は、その後、談春さんが演じられた1時間を超える落語をモニターにてがっちりと堪能すると、
「すげーな」
と呟き、21時過ぎ、ご自分の車に談春さんを乗せ、打ち上げ会場へと消えて行かれたのでした。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!