数年前のこと、平日の午前中に所用で浅草へ趣き、コンビニに立ち寄ると、40代前半だと思われる、作業着姿の、やや大地康雄似な男性が入ってきて、脇目も振らず酒類コーナーへ到着すると、奪うように酒のワンカップを手に取りレジへ進み、あらかじめ握りしめていた小銭で会計を済ませ、店を出た瞬間、慣れた手つきでカパッと開け、何のちゅうちょもなく、一気に酒を飲み干したのです。そして、1つ大きなゲップをかますと、「よし!」と、大きな独り言を炸裂させ、去っていったのでした。コンビニに入ってからワンカップを飲み干すまでわずか15秒足らず‥‥。あまりの早業ぶりに、〈さすが、浅草は違うな~〉と改めて痛感したわたくしが、後日、この話を殿にお伝えすると、
「ハッハハハ。いいな。相変わらず浅草はやってるな。やっぱり浅草は違うな。ちょっと新宿、渋谷じゃお目にかかれない人種がいるからな」
と、何ともうれしそうに語ったのです。
弟子になって20年あまり。殿の口から、
「それじゃ浅草だろ!」
「お前みたいな奴がよくいるんだよ、浅草の飲み屋に」
「お前は浅草のバカか!」
といった、具体的なことは本当のところよくわかりませんが、“言いたいことは伝わる!”という、殿の“何かって言うと浅草”なツッコミを、優に800回以上は耳にしています。
浅草で芸人としてスタートを切り、修業を積まれた殿は、片時も聖地・浅草を忘れていないのです。そんな殿が“浅草へやって来る”となると、もうそれは“王の帰還”並みに、なかなか大変なことになります。
先日も、イベント出演で久しぶりに殿が浅草の東洋館(元フランス座)へ赴くと、あらかじめ「たけしが来る」といったアナウンスがあったこと、祭日であったことなども重なり、東洋館の前は、大変な人だかりができていました。その様子を見て驚いているわたくしに、
「こりゃ~すげ~な。だけど、軍団とコンサートやってた頃は、毎日こんな感じだったけどな」
と、何とも冷静な感想を淡々と口にされたのでした。
しかし、この日の浅草の方々の熱狂ぶりはかなりすさまじく、「たけし~、お帰り~!」「待ってたぞ~、たけし~」と、大声が方々からひっきりなしに上がりまくりで、さらには、殿が帰る時など、何やら奇声を発しながら殿の車を完全に飛んだ目つきで追っかけてくる“少しばかりやばそうな”方もいたほどでした。
そんな、浅草での大フィーバーを、後日、殿と酒席にて改めて振り返り話していると、殿は、
「しかしありがたいな」
と一発入れた後、
「浅草な。しょっちゅう飲みに行ってもいいんだけどよ。浅草のファンは俺見ると興奮しちゃってよ、最後にはわけわかんなくなって絡んでくる奴いるからな。ちょっと行くには勇気がいるんだよな」
と、勝手知ったる聖地について、実に殿らしい浅草感を漏らされていました。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!