つまり、尾崎は「結果が出なければクラブを置く」という事実上の引退宣言を翻したのだ。
「ジャンボはもう一度予選をクリアして優勝争いを演じたいんだと思いますが、最後の賞金は13年4月の『つるやオープン』の30万8400円。男子レギュラーツアー史上初のエージシュートを達成した時でした。あれから4年、結果を残せていない以上、今季は引退すると思いましたが‥‥」(ゴルフ担当記者)
くしくも尾崎は、思い出の舞台で、メジャー制覇をもくろむ松山によって、再び闘志に火をつけられる形となった。
2人が一緒にツアーでラウンドしたのは13年のことである。ベテラン記者が振り返る。
「茨城の名門・大洗ゴルフ倶楽部で行われた『ダイヤモンドカップ』でした。プロゴルファーであれば誰もが一度は制してみたいゴルフ場で、その秋から米ツアー本格参戦を表明していた松山が優勝したんですが、その時に松山がこっそりジャンボのキャディーバッグをのぞいていたという噂が流れました。若手のプロ野球選手が一流選手のグラブやバットを手に取ってみる心境と一緒でしょうね。当時から松山は飛ばすことにこだわるジャンボのフォームや道具を参考にしていたんだと思います。石川遼や古閑美保のようにスッとジャンボの懐に飛び込めるタイプじゃないし、ジャンボも青木功や中嶋常幸のように松山に気軽に声をかけるタイプじゃない。お互いに気にかける存在でいながら、ここまですれ違ってしまった。それだけに今回はジャンボも松山からの指名がうれしく、新鮮な刺激を受けたのでしょう」
尾崎の再挑戦に火をつけた松山は、うれしそうに「まだまだ驚かせるようなプレーじゃないし、刺激を与えているようじゃダメですね。引退を(決意させないと)ね」と言って、取材陣の笑いを誘ったものだ。
「ホールインワンを達成した最終日の会見でも、松山は60人近い取材陣を前に、口下手とは思えないほど能弁でした(笑)。15分ほどにわたって、今まで語りたがらなかった技術論が飛び出したり、ジャンボとのラウンドについても、『4年置きぐらいでいいですね』と、松山流の表現で現役続行を喜んでいた。最後は『優勝してもないのに長いよ』と、ボソッと言って立ち上がり、会場をあとにしました(笑)」(ツアー関係者)
決意を固めた尾崎のみならず、松山にとっても実り多き4日間だったようだ。