砂川、大山夫妻と親交がある世田谷井上病院の井上毅一理事長は、認知症には2種類あると言う。
「大山さんのようにおとなしい患者さんとは別に、攻撃的な人もいる。私の知っている患者さんは私が挨拶をするたび、『自分は後期高齢者、挨拶のしかたが足りない』と絡んでくる。しょっちゅう路上で大喧嘩もしています。こうした患者は可能であれば、施設に預けたほうがいいのです」
だが、砂川はどんなことがあっても大山を施設に入れたりはしないと、きっぱり宣言した。
「というのもね、もし施設に入ったら『ドラえもんが来た。サインしてほしい』と揉みくちゃにされてしまうでしょう。プライバシーを根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。とすると、個室に入れるしかなくなるが、個室に1人でいると孤独になり、病状が進むおそれがある。いずれにせよ、カミさんには向いていません」
世間では、介護する側が泣く泣く仕事を辞めてしまうケースも少なくないが、山梨大学医学部・田村康二名誉教授は、
「介護は最低、2人は必要です。1人ではとてもやりきれるものではない。しかも、介護のために仕事を辞めると収入も減るし、ますます苦しくなる」
砂川にはそれがわかっていたようで、
「仕事をすることはリフレッシュになる。介護に専念するのではなく、共倒れしないためにも、それは必要。僕は最近、ゴルフを再開しました」
介護は砂川のほか、家政婦、そしてマネージャーが手伝ってくれているという。
そして砂川は、田村名誉教授の言う「人間的な接触」を、次のような形でも実践している。
〈僕は意識して彼女の容姿を褒めるようにしている。
「ペコって、きれいな肌してるよな」
「そうかしら」
「うん、ペコは年のわりにシワだってないし、白くてツヤツヤしてるよ」
「そうよね。あたし、シワないわよね」
僕がこう褒めると、まんざらでもない様子で頬を撫でるカミさんが一瞬、“女の顔”になるのが分かる〉
ほめることは認知症予防にも役立つ。
「優しくしてあげること。それと、よくタッチしてあげることは絶対に必要です。僕は認知症の事実を公表するまで、そこに気づきませんでした」(砂川)
大山の最近の様子はどうなのか。
「今日も昼御飯を一緒に食べてきたんですが、ものわかりが非常によくなって、僕も助かっている。笑顔が多くなり、僕も一生懸命笑わせようとしているんですけど、ほんとに子供をあやすように、同じことを何回やっても笑うという、そんな状態ですね」(砂川)
10年後には700万人を突破すると言われる認知症患者。砂川・大山夫妻の取り組みを知ることで得るものは大きい。