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プロ野球 逆境に勝った男たち(3)内川聖一 日本最高の右打者 内川聖一を育てた先輩・仁志の助言 「100%理由を説明できるプレーをしろ」

「右打者最高打率」の看板をひっ提げ、今季、ソフトバンクにFA入団した内川聖一。慣れないパ投手を相手に、開幕からスロットル全開の活躍を見せているが、その分、古巣の横浜ファンからはバッシングも浴びた。壁にぶつかった時、内川をもり立てるのは、信頼する先輩の教えと夫人の支えである。

バッシングを受けたFA移籍
 今季のソフトバンクにはいくつかのジンクスがある。松中・松田のMM砲が同一試合で本塁打を打てば負けない。内川のヒットで初回に先制すれば勝つ(11勝1敗2分)‥‥。8月28日の対楽天戦も3番・内川のタイムリーで先制逃げ切り。初回でこそなかったものの、内川の打点が勝利に直結することを証明してみせた。
 今季FAでソフトバンク入りし、3番に定着した内川について秋山監督は、「自分の立場をきちんと理解してやってくれている」と、手放しでほめている。内川自身も、「ムネさん(川﨑)、本多が出塁して得点圏に走者を置いた時、それを返すのが自分の仕事」と語っていた。
 右打者最高打率(3割7分8厘=08年)記録を持つ内川には、巧みな右打ちのイメージがあるが、本人はこう言う。
「僕は基本的に引っ張りが好きですね。でも、それだけでは生き残れない。プロ野球で生きる道として右方向が必要だったんです。僕は高校時代(大分工)からホームランバッターでしたし、左中間からレフトスタンドに向けて気持ちよくカンカン打ちたいタイプ。右打ちは、野球選手として自分自身の価値を高めるためでもあるんです」
 打率はチームトップ、交流戦ではMVPにも輝き、すっかりホークスのユニホームが板についたかに見える内川だが、ここに至るまでにはいくつかつらい経験もしている。
 内川がソフトバンクにFA入団するきっかけは、王貞治会長の熱いラブコールだった。王会長は、一昨年の第2回WBC東京ラウンドの韓国戦で起死回生のレフト線二塁打を放った内川の思い切りのいいバッティングを見初めていた。しかも出身は地元・九州だ。
 内川も選手が得た当然の権利としてFA宣言し、他球団が自分をどう評価しているのか知りたかった。だが、世間はそうは見てくれなかった。
「FAした時は、自分の思いと周りの思いとのギャップがあまりにも大きすぎて正直、戸惑いました。ベイスターズの関係者やファンの方々からは『言いたことだけ言って出ていく』とか『育ててもらった恩を忘れた』という反応がありました。自分が感じてきたことを語ることで、チームがもっといい方向に行ってくれるんじゃないかと思って話したことが、逆の反応を招いてしまう。凄く悲しかったし、考えさせられましたね。ホークスに移籍してからも、前の球団との違いなどをどうしても聞かれてしまうじゃないですか。でもそれが紙面に出てしまうと『アイツは横浜をバカにしている』となってしまう。自分としては横浜に育ててもらったという思いがありますし、横浜にいたからこそ成績も残せたと思っています。ただ、そういう発言まで全部否定されてしまうと、もう何もしゃべらないほうが得なんじゃないか、腹の中にしまっていたほうが幸せなんじゃないかと考えた時期もありました」
 FA宣言の時期は、チームの身売り騒動もあり、球団もファンも、そして内川自身も心理的に大いに揺れていたのは事実である。
「そんな時、妻(フジテレビ・長野翼元アナ)の存在はありがたかったですね。妻も報道に関わった人間ですから、いろんな話をしてくれました。あと、ある先輩からは『過去に取った栄光を振り返るより、明るい未来を目指して頑張ったほうがいい』と言われて、ずいぶん救われました」
 このFAで内川は人に接することの難しさ、大切さを、あらためて学んだという。

「殊勲のアゴタッチ」も復活
 そういうこともあって、内川がソフトバンクに入団する際に肝に銘じたのは「内川聖一という男の本質を100%前面に出す」ことだった。
「こちらから受け入れてもらおうというんじゃなくて、こういう僕をこのチームがどういうふうに受け入れてくれるのかを楽しみにしてきました。僕はこう見えて、瞬間湯沸かし器みたいに怒ったりとか、試合中にも感情が表に出たり、イライラすることもよくある。そういう部分を含めて、チームも福岡のファンも受け入れてくれている感じはします。自分で言うのも何ですが、茶目っ気があったり、バカなことをする一方で、練習や試合では物凄く真剣に取り組んでいたりと、そのあたりのギャップもウケているのかなという気がします」
 横浜時代は封印していた〝アゴタッチ〟も開幕から復活している。それに関して内川は、
「僕のキャラクターとして認めてくれて、周りが盛り上がってくれればいいなと。ただ以前は、度が過ぎたり、違う方向に走ってしまったりして、やめていたこともあるんですが、そしたら周りから『アイツは変わった。おもしろくなくなった』『スター気取りだ』などと言われて落ち込んだこともありました」
 ソフトバンクに入って感じるのは、チーム全体からにじみ出る「もっと上に行ってやろう」という貪欲さだという。
「コクさん(小久保)は、いつもバッティングの話をしてくれます。『どういう感覚でボール待ってるの』とか『どういう感覚でボール見てるの』とか。これはチーム全体に言えることですが、人のいいところを盗んでやろう、自分のものにしてやろうという気持ちがありますね。ポン(本多)にしても、『去年までは、ただがむしゃらに走っていたけど、今年はここぞというところで走りたい。内川さんの打席のどのタイミングで変化球が来ているのかを、僕はずっと見ながらやってます』と話してくれるんです。そのへんの向上心は、チーム全員から勉強させてもらってます」
 6月19日、横浜スタジアムで行われた古巣との交流戦。ヤジにさらされながら本塁打を放った内川に、「ああいう状況の中でホームランを打つのだから大したものだ」と脱帽する小久保の姿があった。
 内川の存在感を強く印象づけたのは、09年の第2回WBCである。内川が振り返る。「あの時は、自分本来の姿をアピールしたいという思いがありました。チームとして求められる役割が横浜と違うし、ましてや初めての全日本。あれこれ考えるより、本能のまま体を動かしてやれと。ただし、僕は相手が左投手の試合しか使ってもらえなかったから、楽しみだった現役メジャーのいるアメリカとの試合も出られず、もやもやしたものを抱えていました。その悔しさをぶつけたのが決勝の韓国戦でした」
 この試合、内川は3安打の猛打賞。延長10回にもヒットを放ち、イチローの決勝打につなげた。守備では左翼線の当たりをスライディングキャッチして二塁で刺すという超美技も披露した。
 この活躍で思わぬ僥倖もあった。愛子さまが内川のファンであることを明かし、皇太子ご一家がシーズン中に試合観戦された際、直接対面する機会に恵まれたのだ。
「人生が変わりましたね。僕らが皇族の方と話ができるなんて夢にも思いませんでしたから。試合前にご挨拶させていただいたんですが、ちゃんと敬語が話せるだろうか、自分がその場にふさわしい人間なのかと心配になりました」

「嫁の存在の大きさを感じた」
 父親が監督を務めていた大分工から01年、ドラフト1位で横浜に入団。高卒1年目から3試合の一軍出場を果たし、その後、病魔と闘いながらも08年には、3割7分8厘の右打者歴代最高打率をマークした。もはや横浜の顔となっていた内川がFA移籍という決断をしたのはなぜなのか。
「僕は九州で生まれて九州で育った人間ですし、自分が子供の頃にホークスというチームができてホークスファンになった。そんな僕がプロに入ってもう一段レベルアップしたい、優勝してみたいと思ったタイミングでFA権が取れて、なおかつホークスが僕を必要としてくれた。そのことは素直にうれしかったですね」
 6月に肉離れで登録抹消されていた内川は、オールスターゲームで復帰。いきなり2安打を放ち、健在ぶりをアピールした。
「1カ月も打席に立ってなかったので不安はありました。実は凄く緊張して、大丈夫かな、バットに当たるかなと心配しながら打席に入ったんです」
 バットコントロールの天才でも、ブランクは恐怖に感じるようだ。
 ソフトバンクは、この7年間、クライマックスシリーズを勝ち抜いて日本シリーズ出場を果たしていない。それだけに内川にかかる期待は大きい。だが、その内川にもWBC以外には優勝経験がない。内川が言う。
「チームが一丸となって戦った証しとして優勝を味わってみたい。この仲間だったら優勝した喜びもひとしおだろうなと、ここに来て感じています。そのためにも自分を犠牲にすることも凄く意味があると思う。いや、プロ野球で犠牲を強いられることなんて、本来ないと思うんですよ。よく『チームのために自分を殺して』などと言いますが、それがその選手の生きる道であって、本人がみずから犠牲になろうと思ってやるものではないはず」
 こういった考えに至ったのは、横浜時代にチームメイトだった仁志敏久氏(現野球解説者)の影響が大きいという。
「野球を考えるという意味がわからなくて、当時、仁志さんに質問をぶつけたことがあったんです。すると仁志さんはこう言う。『自分がやろうとしたプレーを全部説明できないとだめじゃないか』『この場面でこういうボールが来たから、打ったらこうなった。結果的にそれが成功であれ失敗であれ、100%理由を説明できなければ、それは野球を考えたことにはならない』と。それからですね、一つ一つ意味を考えながらプレーしようと思うようになったのは」
 野球観を変えたのが仁志氏なら、人生観を変えたのが結婚だ。夫人は今春、フジテレビを退社、現在は福岡で内川とともに生活している。
「一緒に住んでみて、嫁の存在の大きさをあらためて感じました。僕自身、妻に仕事を辞めさせていいのかと悩みました。子供の頃からなりたかった職業だから、続けてもらってかまわない、単身赴任でもいいと言ったんですけど、本人は『私は夫婦というのは一緒にいるのが当たり前という環境で育ってきたので、仕事を辞めてでもあなたのそばで支えたい』と言ってくれて。僕も嫁の家庭もお父さんが一番で、それを支えるお母さんがいて、という環境の中で育ってますので、そういう人と出会えたことは凄くありがたいと思っています。今は安定した中で野球をやらせてもらってますね」
 最後に「内川選手にとって優勝とは」と問うと、「苦しみが全て報われる瞬間。何も考えず喜べる瞬間」
 と答えた。その日が着々と近づいているように思えてならない。

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