新宿歌舞伎町にある、主にカップルが利用するホテルで清掃員をしている夏井英機氏。離婚歴のある40代独身男性だが、緊急事態宣言が出た日4月7日の深夜、街は、そして客足はどうなったのか。清掃員がカップルズホテルの「コロナ禍現場」についての明かした手記の第2回─。
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緊急事態宣言が発令された直後の4月8日0時すぎにタイムカードを打刻、私は退勤した。発令直後の真夜中、一般の通行人は皆無だった。
店のある歓楽街にはガールズバーやバストを触れるサービスのあるパブ、女性が接客してくれるクラブといった店の客引きが、ふだんなら断るのも面倒なほど声をかけてくるが、客引き2、3人手持ち無沙汰にたたずみ、週に3、4回通る顔なじみの私にまで「お兄さん、助けて下さい」と声をかけ、泣きついてきた。これはただごとではないと思った。
とはいえこの時、私はまだ先行きを楽観視していた。もし飲み屋やパチンコ店が休業したとしても、うちのホテルは関係ないだろうと。「店舗」を持っていない派遣型の夜のサービス業を利用する客が多いのだから。ふだん、飲み屋やパチンコ店に行っている人が、そこが閉まっていたら、欲求のはけ口とし派遣型サービス嬢を利用することで、むしろホテルの客足はのびるんじゃないかぐらいに思っていた。
ところが、緊急事態宣言の発令2日後の9日に出勤。すると客はV字回復するどころか宣言の効果はてきめんで、頼みの綱の派遣サービス業が自粛に追い込まれたのだ。だから、ホテルの客はほぼ皆無となった。掃除したのは6時間でたったの4部屋だけだった。
しかし、ベッドのシーツを替え、ゴミを捨て、清掃するルーティン作業をさせてもらえることをありがたく感じている自分に気がついた。狭い待機室でやはり清掃員の東南アジア系の外国人のおばさんたちと待機するのは気詰まりなので、今日も廊下にいた。
この日の大きな変化といえばマスクの着用率だ。彼女たちは通販で買ったというスポンジを切り抜いたマスク(5枚で1000円だという)をコロナ禍の前からしていて、もともと装着率は高い。一方日本人男性スタッフは、使い捨てマスクを何日も使い古している20代男性もいたが、40代前半の筋肉が自慢のリーダー的なスタッフは、当初頑なにマスクを着けなかったが、この日は彼も着け、スタッフはこれでほぼ全員がマスクをしている状態になった。というのも、ホテル側がスタッフの健康管理を行うようになったのだ。出勤時にフロントの小部屋のドアを開けた際、客対応の係の女性に、「熱を測ってきて下さい。37℃ならば出勤をやめてください。マスクは着用して下さいね」と言われたのだ。
ただ、健康管理を徹底させるぐらいだから、このままなんとか営業を続けるのだろうとも思った。だが、結局その日はヒマな状態のまま、勤務終了。0時すぎ、ホテルを出て歓楽街を歩いたが、客引きは0人だ。乗った電車は貸し切り状態。大げさかもしれないが、世界が滅びた後に、生き残ってしまった人の気持ちがわかったような気がした。
4月11日夕方に携帯が鳴った。発信はホテルからだった。
「夏井さん、申し訳ないですけど明日12日を最後に自宅待機していただけますか。その間、他の仕事をしてくださっても構いません。都には休業補償を出してもらうように言っています。出勤できるようになったら電話をしますので」
「そうですか。承知しました」
実のところ、承知などしていなかったが、そう言うしかなかった。